「とまれぇっ!」 ブルドンネ街の突き当たりまで走ったところで、その馬は門番の衛士に呼び止められました。 「お嬢さん、ここはトリステインの王宮ですぞ。乗馬なら公園でおやりなさい」 初老の衛士は、丁寧な言葉遣いで優しく叱責しました。馬上の人は若い女性だったからです。 短く切った金髪の下、澄みきった青い目が泳ぐ、凛々しい女性です。鎖帷子に身を包み、その腰に下げられているのは......おや、杖ではなく『剣』でした。ならば彼女は、貴族ではなく平民なのでしょう。衛士の対応も少し変わります。 「......なんだ、平民ではないか。仕立屋や菓子屋とも違うようだが、いったい王宮に何の用だ?」 アルビオンが不可侵条約を破ってトリステインに攻め込んできたのは、つい先日のこと。さいわい撃退に成功したとはいえ、いつまたアルビオンが艦隊を繰り出してくるかわからない、そんなご時勢です。 よって王宮を守る衛士隊の空気は、少しピリピリしたものになっていました。不審な者は、厳重に検査しなければなりません。 「女王陛下のお招きを受けて参りました......アニエスです」 馬から降りて女性が告げると、衛士が驚きの声を上げます。 「何!? 女王陛下のお招き......だと?」 近くにいた衛士たちも顔を見合わせています。こんな平民女性が、とか、信じられない、といった表情です。そんな彼らに対して、アニエスは、自分の言を証明する書状を見せるのでした。 ######################## そしてアニエスは、アンリエッタ女王の居室に迎えられました。 女王陛下は、小さいながらも精巧なレリーフが象られた椅子に座り、机に肘をついています。 「まあ、なんて可愛らしい」 彼女はアニエスを一目見て、そう言いました。 アニエスは、少し戸惑ってしまいます。女王陛下は、たしか十七歳。アニエスよりも数歳若いのです。 年下の美少女から『かわいらしい』と呼ばれるだけでも珍しい経験ですが、なにしろアニエスです。『かっこいい』ならばまだしも、『かわいらしい』は、アニエスを形容するには相応しくない表現でしょう。 どう言葉を返してよいかわからず、とりあえず笑顔で一礼しました。そんな彼女に、女王陛下がたたみかけます。 「年はいくつですか」 「二十三歳です」 正直に答えるアニエスです。女性に年齢を尋ねるのは失礼......なんていうつもりも意識も、彼女にはありません。なんだか子供あつかいされているような気はしますが、相手は女王陛下です。きっと女王は、蝶よ花よと育てられたため、ちょっと感覚が世間とズレているのでしょう。悪気はないのだろうと、アニエスは納得していました。 「タルブの一件では、よくぞ敵のメイジを見つけだしてくれましたね。ありがとう」 「私はただ、平民らしからぬ『炎』の匂いに気づいて、おかしいと思っただけなのです」 本題を切り出した女王陛下に、アニエスは即座に返しました。 ......タルブとは、アルビオンとの戦いで被害を受けた村の名前です。敵の降下部隊は当初、平民に化けて村に侵入、そのままタルブを占領しようとしたのですが、そこで敵を追い払うのに大活躍したのがアニエスでした。 その功績を称えて恩賞を授与する、というのが、今日の用件のはずです。 「......『炎』の匂い......ですか?」 聞き返す女王陛下の表情から察するに、詳細な報告は女王陛下のところまで届いていないようです。彼女の好奇心を満たすため、アニエスは説明を補足します。 「はい。焦げ臭い、嫌な匂いが衣服から漂っていましたから。平民が扱う火薬とは明らかに違う、嫌な感じの......。ですから、すぐにわかりました」 実はアニエスはメイジが嫌いで、特に『炎』を使うメイジが大嫌い。だからこそ『炎』に敏感だったわけですが、そうした気持ちが表情に出てしまったのかもしれません。女王陛下は、それ以上つっこんで尋ねようとはしませんでした。 「そうですか。......ともかく、あなたがすぐに敵の存在を暴いたからこそ、タルブは制圧されずに済んだのです。礼を言います。ありがとう」 そして女王陛下は、傍らの侍女に合図をして、何やら持ってこさせました。布の塊のように見えるのですが......。 「これが、わたくしからあなたに贈るプレゼントです」 「まあ」 女王陛下が広げた布を見て、アニエスの口から、感嘆の吐息が漏れました。 純白のサーコートなのですが、そこに描かれているのは、百合をあしらった紋章......つまり王家の印なのです。 「さあ、近くにおいでなさい」 言われて歩み寄ったアニエスに、女王陛下が自らサーコートを羽織らせました。 とてもよく似合っており、その姿を見て、女王陛下は思わずつぶやきます。 「ああ。プティアニエス......」 「......プティアニエス......?」 「ええ。『可愛いアニエス』という意味ですよ」 不思議そうにつぶやくアニエスに、女王陛下がつけ加えました。 アニエスとて、言葉の意味は理解できます。小さな子供ではないのです。ただ自分には似つかわしくないと思って、口にしただけでした。 「今日からプティアニエスと名乗りなさい」 「......プティ......アニエス......」 アニエスは唖然として、復唱することしか出来ません。どう考えても不自然なネーミングです。 しかし女王陛下は満足げに微笑んで、アニエスに問いかけました。 「プティアニエス。今あなたが一番欲しいものは何ですか?」 「......え?」 「ひとつだけかなえてあげましょう。言ってごらんなさい」 「どんなことでもよろしいのですか? 女王陛下」 「ええ。わたくしに用意できるものであれば」 言われて、アニエスは少し考えこみます。 アニエスの望み。それはただ一つ。しかし直接たのめる種類のものでもないので......。 「では、女王陛下。私は......捜査権限が欲しいです」 「捜査権限......?」 「はい。魔法衛士隊のように、色々な事件の謎を解きたいのです」 宮中や街の治安を預かる魔法衛士隊を例に出して、アニエスは、そう懇願するのでした。胸中に眠る本心は隠したままで......。 女王陛下のプティアニエス 〜アニエスにおまかせ〜 こうしてアニエスは、今まで入れなかった場所にも出入りできるようになりました。 実は女王陛下には、後々アニエスをもっと要職に抜擢しようという魂胆があり、そのためにも『魔法衛士隊のような捜査権限』というのは都合がよかったのです。 そんな女王陛下の深いお考えはともかく、アニエスにとって重要なのは、普通ならば閲覧できないような資料を見ることも可能になった、ということです。今日のアニエスは、トリスタニアの宮殿、東の宮の一隅に設けられた王軍の資料庫に来ていました。 「ここならば......わかるかもしれない」 本来ならば、王軍でも高位のものしか立ち入れない場所です。古い極秘資料も、色々と保管されているはずでしょう。 アニエスが知りたいのは、二十年前の『ダングルテールの虐殺』の真相です。アングル地方の平民たちが国家を転覆させる企てを行っていたので、鎮圧任務で村ごと焼き払われた......ということになっていますが、それは真っ赤な嘘。 アニエスだけは知っています。あれはロマリアの異端審問『新教徒狩り』だったのだ、と。『新教徒』の村だったために反乱をでっち上げられたのだ、と。 そう、アニエスは、かの村の唯一の生き残り。なんの咎なく滅んだ故郷の仇討ちのため、なんとしても彼女は、裏で糸を引いていた人物の名前と、実行部隊の名前とを突き止めなければならないのです。 「......許せん」 資料庫の中を彷徨いながら、アニエスはギリッと唇を噛み締めました。切れて血が流れます。昔のことを思い出しただけで、こうなってしまうのです。 げに凄まじきは、彼女の胸の内に燃える復讐の炎......。今のアニエスの顔を見たら、もう誰も彼女を『プティアニエス』とは呼ばないかもしれません。 ######################## 「ふう......」 なかなか目当ての資料が見つからず、アニエスはため息をつきました。 時間も食事も忘れてこもっていたのですが、おそらくもう真夜中。さすがに今日はそろそろ切り上げて、明日また来よう......。 そう思って、アニエスは資料庫をあとにしました。 「......ん?」 深夜だというのに、なんだか外が騒がしい気がします。何か事件でも起こったのでしょうか。 ともあれ、帰るためには、東の宮から出て、中庭を通っていかねばなりません。扉を開けて、中庭へと進むと、そこは大騒ぎになっていました。 大勢の魔法衛士たちが右往左往しており、その中の一人が、見慣れぬアニエスの姿に気づきました。 「なにやつ! 現在王宮は立入禁止だ! こんなところで何をやっておる!」 大声で誰何したのは、マンティコア隊の隊長です。彼は杖を構えながらアニエスに近寄ると、彼女のサーコートを見て、眉をひそめました。 「......おや? その紋章は......」 王家の印である、百合の紋章。それは、彼女が女王陛下と深く関わる者であることを意味しています。これだけでも十分かもしれませんが、さらにアニエスは、女王陛下から渡されていた捜査許可証を取り出しました。 「私はアニエス。色々な捜査をする権限があり、このとおり陛下直筆の許可証も持っています。いったい何があったのか、私にも教えてください」 隊長はあっけにとられて、アニエスの許可証を手にとりました。なるほど、言葉のとおりそれは本物の女王陛下の許可証です。『プティアニエス。右の者にこれを提示された公的機関の者は、捜査のためのあらゆる要求に応えること』と但し書きがついています。 彼は目を丸くして、アニエスを見つめました。こんな平民女性が......こんなお墨付きをもらっているなんて! それに、噂で聞いた『女王陛下のプティアニエス』が、こんな凛々しい女性剣士だったなんて! でも彼は、立派な隊長です。相手がどんな姿をしていようと、プティアニエスはプティアニエスです。陛下のプティアニエスに、ことの次第を報告しました。 「今から二時間ほど前、女王陛下が何者かによってかどわかされたのだ」 「女王陛下が!?」 アニエスの顔色が変わりました。 大変です。女王さま盗難事件です。 これは『プティアニエス』として解決せねばなりません。 「......賊は警護のものを蹴散らし、馬で駆け去りおった。現在ヒポグリフ隊がその行方を追っており、我々マンティコア隊は、何か証拠がないかとこの辺りを捜索しておったのだ」 「どっちに向かったのですか?」 「街道を南下しているらしい。どうやらラ・ロシェールの方面に向かっているようだ。間違いなくアルビオンの手のものだろう。......先の戦で竜騎士隊がほぼ全滅しているからな。ヒポグリフと馬の足で賊に追いつければよいのだが......。おい、どうするつもりだ? プティアニエス殿」 最後まで聞かずに、アニエスは走り出していました。彼女も、馬で追うつもりなのです。 隊長に呼びかけられて、一瞬だけ振り返り、彼女はアドバイスを送りました。 「何か証拠がないか、と調べるのであれば、手引きしたものを探すべきです。王宮へと忍び込むのは容易ではないので、きっと手引きしたものがいるはずです。たとえば『すぐに戻るゆえ閂を閉めるな』とでも言って外出したものとか」 ある種の勘です。心のひらめきです。 女の子には何となくわかるのです。 ######################## 馬を駆るアニエスは、街道上、無惨に人の死体が転がる光景を見つけました。馬を止め、降りて様子を調べます。 「ひどい......」 アニエスはつぶやきました。幼い頃に見た、彼女の村の惨状を思い出します。もちろん細部は異なりますが、でもこれはこれで、とても許されるものではありません。 先行していたヒポグリフ隊なのでしょう。血を吐いて倒れた馬とヒポグリフが、何匹も倒れています。そんな中、生きている人を見つけました。 「大丈夫ですか?」 腕に深い怪我を負っていますが、なんとか生きながらえていたようです。 「大丈夫だ......。あんたは?」 「私もあなたと同じで、女王陛下を誘拐した一味を追ってきたのだ。いったい何があったのです?」 「あいつら、致命傷を負わせたはずなのに......」 震える声で告げると、衛士はガクッと首を傾けました。助けが来たという安心感から、気絶してしまったのでしょう。 その瞬間、四方八方から、魔法の攻撃が飛んできました。バッと跳んで避けるアニエスです。ある種の勘と心のひらめきだけで、全部回避してみせたのです。 草むらから、いくつもの影がユラリと立ち上がりました。これが敵......のはずなのですが、その中には見知った人物もおり、アニエスは驚愕しました。 「女王陛下!」 ガウン姿のアンリエッタ女王です。 「たすけに参りました! こちらにいらしてください!」 わななくように唇を噛み締めていますが、それだけです。アンリエッタは、足を踏み出そうとはしていません。 「......女王陛下?」 「見てのとおりだ。彼女は彼女の意志で、僕につきしたがっているのだ」 アンリエッタの隣に立つ青年が、さわやかな笑顔で言いました。 涼しげな目元の美男子です。とても悪役には見えませんが、こいつが女王さま盗難事件の犯人なのでしょう。 女の子には何となくわかるのです。この男は王子さまです。アンリエッタ女王との関係から考えて、アルビオンの王子さまに違いありません。 「......ウェールズ皇太子ですか......?」 アルビオンのウェールズ皇太子は、もう死んだはず。これは大きな謎です。不思議な出来事です。 でも彼が犯人であるならば、納得のいく点もありました。アンリエッタとウェールズは恋仲であり、それで女王陛下は、誘われたからホイホイついてきてしまったのでしょう。それくらい、アニエスにも想像できました。年頃だから敏感に読めるのです。 「そうだ。さて、取引と行こうじゃないか」 男は、アニエスの言葉を肯定して、何やら提案し始めました。 「ここで君とやりあってもいいが、魔法はなるべく温存したい。道中危険もあるだろうからね。それに、僕たちは馬を失ってしまった。おとなしくその馬をくれたら、危害は加えないよ。悪くない話だろう?」 応じなければ、アニエスも累々と転がる死体の仲間入り......ということです。 でも、そんな脅しに屈服するアニエスではありません。あっと言う間もなくウェールズのもとまで駆け寄り、その剣で彼の体を貫きました。 しかし......驚くべきことにウェールズは倒れません。 そして、見る間に傷はふさがっていきます。 「無駄だよ。君の攻撃では、僕を傷つけることはできない」 その様子を見て、アンリエッタの表情が変わりました。でも信じたくない、とでも言うように首を左右に振ってから、苦しそうな声でアニエスに告げます。 「お願いよ、プティアニエス。剣をおさめてちょうだい。わたくしたちを、行かせてちょうだい」 「女王陛下? 何をおっしゃるのですか! 見たでしょう! これはウェールズ皇太子ではなく......別の何かです!」 アンリエッタはニッコリと、鬼気迫るような笑みを見せました。 「そんなことは知ってるわ。わたくしの居室で、唇を合わせた時から、そんなことは百も承知。でも、それでもかまわないのです。プティアニエス、あなたは人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、何もかもを捨てても、ついて行きたいと思うものよ」 たしかにアニエスは、恋愛などしたことありません。復讐に捧げる人生を送ってきたのです。 でもこれは、そういう問題ではありません。 「女王陛下! 悲しい嘘は、もうやめてください! 涙のあとにこそ、微笑みは来るのです!」 「嘘ではありませんわ。プティアニエス。あなたに対する、最後の命令よ。行かせてちょうだい」 すでにウェールズは二人のそばから離れ、アニエスの馬を奪って出発しようと、準備していました。アンリエッタもそちらへと歩き出しましたが、アニエスは剣を構えて立ちふさがります。 「どきなさい、プティアニエス。これは命令よ」 「聞けませぬ」 理屈ではないのです。アニエスの心が、許せないと騒ぐのです。そんなことは認められないと、心のどこかが悲鳴を上げているのです。怒りと悲しみを含んだ声で、彼女は言いました。 「私はアニエスです。プティアニエスではなく、ただのアニエス......だから命令なんて聞けませぬ。どうしても行くというなら、私が......叩き斬る!」 元凶はウェールズ皇太子、そう思ってアニエスは、彼に飛びかかりました。 しかし、彼女の剣は届きません。水の壁がアニエスを吹き飛ばしたのです。 杖を握ったアンリエッタが、震えながら立ちすくんでいました。 「ウェールズさまには、指一本たりとも触れさせないわ」 こうして、戦いが始まったのです。 ######################## 魔法の集中攻撃を食らいながらも、アニエスは剣を振り続けました。 ヒポグリフ隊の生き残りが言っていたように、そしてアニエス自身がウェールズを刺して知ったように、敵に致命傷を与えるのは困難です。バラバラに切り刻めばさすがに動けなくなるだろう、と思うのですが、なにしろ多勢に無勢です。なかなか実行できません。 しかし向こうも精神力を温存するつもりなのか、ドットの魔法で少しずつ弱らせる方法をとっています。かなりの魔法が直撃したのですが、まだアニエスは倒れずに、踏みとどまっていました。 やがて......。 「......これで決まりだな」 つぶやくウェールズは、視線を上に向けています。 頬に当たるものに気づいて、アニエスも空を見上げました。 巨大な雨雲が、いつのまにか発生しています。 「見てごらんなさい! 雨よ! 雨! 雨の中で『水』に勝てると思っているの!」 アンリエッタが叫ぶ間に、降り出した雨は、一気に本降りへと変わりました。 「......!」 プティアニエスのピンチです。アニエスはメイジではなく、魔法には詳しくないのですが、女の子には何となくわかるのです。 いつか仇討ちのために、と思って、アニエスは今まで、炎のメイジ対策を色々と考えてきました。しかし目の前の相手は、『水』のトライアングルと『風』のトライアングル。しかも今日は、対メイジ用の特殊装備は持ってきていません。 「そうだな。呪文を温存するのもいいが、ここは一気にケリをつけるか」 ウェールズの言葉を聞いて、アンリエッタは悲しげに首を振りました。アンリエッタを見つめる彼の顔には、冷たい笑みが浮かんでいます。その温度に気づきながらも、彼女の心は熱く潤みました。 二人の共同作業で、呪文を詠唱します。王家にのみ許された、ヘクサゴン・スペルです。 二つのトライアングルが若い男女のように絡み合い、巨大な六芒星を竜巻に描かせました。この一撃を受ければ、城でさえ一瞬で吹き飛ぶかもしれません。 そして......。 ついに呪文が完成し、うねる巨大な水の竜巻が、アニエスに向かって飛んできました。 「......くっ!」 アニエスは剣でそれを受け止めましたが、残念ながら彼女の剣は、マジックアイテムでも何でもない、ただの剣です。かなうはずがありません。 かたく両足を踏ん張っても、飲み込まれてしまいました。 痛みが体中を襲います。 爪がはがれそうです。耳がちぎれそうです。目にも激痛が走ります。 「......私は......こんなところで倒れるわけにはいかない......」 アニエスには大事な復讐があるのですが、もう限界でした。 息が出来なくなって、アニエスは意識を失ってしまいます。 ちょうどその時。 竜巻の中に飛び込んできた少年が、吹き飛ばされるアニエスを虚空でキャッチ。しかも眩い光が輝いて、辺りは一気に、静寂に包まれたのですが......。 アニエスは気絶していたので、それを知ることはありませんでした。 ######################## 「......ここは......?」 アニエスが目を覚ましたのは、王宮の治療所でした。 魔法衛士隊の隊長が、心配そうに彼女を覗き込んでいます。 「おお! 気がつきましたか、プティアニエス殿。......よかった、よかった。一時はどうなることかと思いましたぞ」 彼は、その後の顛末を語ってくれました。 ......アニエスを助けたのは、女王陛下直属の女官と、その使い魔である少年と、彼らの友人たち。間一髪で戦いに割って入り、特別な魔法で事態を収束させてしまったのだそうです。賊は一掃され、女王陛下は無事に王宮へ帰ってきたのです。 「いくら捜査許可証があるとはいえ、一人で無茶をするのは控えたほうがよいですぞ。プティアニエス殿。今回は運よく助けられたわけですが......。お姫さまのピンチにいつも王子さまが駆けつける、なんて話は、英雄譚の中だけですからな」 ごつい体にいかめしい髭面の隊長は、彼にしては珍しく、軽口で話をしめるのでした。 ######################## 「こんなこと頼めた義理ではありませんが......。これからも、わたくしの力になってくださいね。プティアニエス」 正気に返ったアンリエッタは、アニエスに複雑な笑みを見せました。 アニエスは大人です。あの場での出来事は水に流して、ただ一言だけ口にしました。 「もちろんです。女王陛下」 さて。 今回、最終的に事件を終わらせたのはアニエスではありませんでしたが、女王陛下直属の女官の一行が敵に追いつくことが出来たのも、アニエスが一人で頑張って賊の足止めをしていたからです。 そういう理由で、部分的なものではありますが、この事件も『女王陛下のプティアニエス』の功績に一つにカウントされました。 こうして。 プティアニエスとして数々の手柄をあげて、のちにアニエスは、銃士隊の隊長として登用されることになるのです......。 (「女王陛下のプティアニエス 〜アニエスにおまかせ〜」完) (初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年1月]) |
トリスタニアの宮殿、東の宮の一隅に設けられた王軍の資料庫。 王軍でも高位のものしか立ち入れない場所である。ここで今、一人の若い女性が、古い資料をあさっていた。 「うーむ」 ところどころ破れていて、書かれている内容はハッキリしないのだが......。 もしも読み誤っていないのであれば。 彼女が探す人物の一人が、今ではトリスタニアの街で徴税官をやっているらしい。 目を大きく見開いて、彼女はギュッと唇を噛み締めた。 「徴税官ということは......チュレンヌ!? あいつが、みんなの仇なのか!?」 生まれ育った村の全滅という、地獄が見えたあの日から......。 彼女の体を吹く風は、熱い復讐の風となっていた。 追って追って追いつめて、なんとしても仇をとる! 彼女は、かたく心に誓っていたのだ。 今は亡き故郷の新教徒たちが開発した赤い強化服『異端スーツ』を身にまとい、戦い続けるその人物の名は......。 快傑あにえす 一見ただの居酒屋だが、実は可愛い女の子がきわどい格好で飲み物を運んでくれるので人気のお店......。そんな店が、トリスタニアのチクトンネ街に存在している。 今日も大勢の客で賑わっており、ちょうど今も羽扉が開き、新たな客の一群が店に入るところだった。 先頭は、貴族とおぼしきマントを見つけた中年。でっぷりと肥え太り、額には薄くなった髪がのっぺりと張りついている。下級の貴族やら軍人らしき風体の供のものも数人連れている。 その貴族が入ってくると、店内は静まり返った。店長が揉み手をせんばかりの勢いで、新米の客に駆け寄る。 「これはこれは、チュレンヌさま。ようこそ『魅惑の妖精』亭へ......」 「おっほん! 今日は仕事ではない。客で参ったのだ。普通に対応してくれればよろしい」 「お言葉ですが、チュレンヌさま、今日はこのように満席となっておりまして......」 「私にはそのようには見えないが?」 チュレンヌがうそぶくと同時に、取り巻きの貴族が杖を引き抜いた。 おびえた客たちは酔いがさめて立ち上がり、一目散に入り口から消えていく。店は一気にガランとしてしまった。 「なんだ、これではまるで貸し切り状態ではないか。ならば店の娘たち全員で、私の相手をできるな」 ふぉふぉふぉ、と腹をゆらしてチュレンヌの一行は真ん中の席についた。 しかし店の女の子たち――通称『妖精』――は、誰も近寄ろうとはしない。 店の奥にかたまる娘たちの中で、新入りの子が疑問を口にする。 「あいつ何者?」 「この辺りの徴税官を務めてるチュレンヌよ。ああやって管轄区域のお店にやって来ては、私たちにたかるの。イヤなヤツ! 銅貨一枚払ったことないんだから!」 店長の娘ジェシカが説明した。ジェシカも『妖精』の一員であるが、同時に父親から、店の女の子たちの管理も任されていたからだ。 「貴族だからって威張っちゃって! あいつの機嫌を損ねたら、とんでもない税金かけられてお店が潰れちゃうから、みんな言うこときいてるの」 ようするに、己の権威をかさにきて庶民にたかる悪徳役人である。だが当のチュレンヌには悪者の自覚はないらしく、誰も酌に来ないので、イラついて何やらわめいていた。 「女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのか! この店はそれが売りなんじゃないのかね!」 「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんかするもんですか」 ジェシカが憎々しげにつぶやいたその時......。 ちょうどチュレンヌの叫びが途切れたところで、店内は静まり返っていた。そのため、彼女の発言は、チュレンヌにもバッチリ聞こえてしまった。 「なんだ? そこの娘、何か言ったか? よく聞こえるようにこっちに来て、もう一度言ってみろ」 男たちを褒め、すいすいと会話をすすめ、しかし体に触ろうとする手をやさしく握って触らせない......というのが、この店での基本的な接客である。そうすれば男たちは、そんな娘たちの気をひこうとしてチップを奮発するのだ。 だがチュレンヌの一行には、この技は通じない。彼らは、そもそもチップを払う気が皆無なのだから。 だからジェシカもこいつらは苦手なのだが、機嫌を損ねたら大変だし、この状況では、どうせ誰かが行かねばならないのだ。ジェシカは嫌々ながら、それでも営業スマイルを浮かべて、チュレンヌのテーブルに歩み寄った。 「いえ、私は別に何も......」 「『何も』じゃないだろう。私には『触るだけ触ってチップ一枚よこさない』とかなんとか言っていたように聞こえたが?」 そのとおり。ちゃんと聞こえてるじゃないか。 ......などと真面目に返したら大変だ。ジェシカは愛想笑いを浮かべつつ、 「まあ! そんなこと私が言うわけないじゃないですか! さ、とりあえず一杯」 「そうか。しかし『触る』という言葉だけは確かに聞こえたのだが......では『触ってほしい』とでも言っておったのかな?」 酌を受けながら、チュレンヌの顔が好色そうにゆがんだ。 ジェシカの衣装は大きく胸元のあいたデザインになっており、ただでさえ大きめの胸の谷間が強調されているのだ。 「ずいぶんと立派に育っているようだが......。どれ、このチュレンヌさまが大きさを確かめてやろうじゃないか」 手を伸ばすチュレンヌ。だが、ジェシカが身を引くよりも何か言い出すよりも早く、彼は自らその手を止めていた。 「......いや。もっと良い趣向を思いついたぞ」 チュレンヌが目で合図すると、取り巻きの一人が立ち上がった。 暗い空気を漂わせた、やせぎすのメイジである。男はニコリともせず、しかしチュレンヌの意図は察したようで、スッと杖を抜き、『ブレイド』の呪文を唱え始めた。 「......え?」 「な、何をなさるのですか、チュレンヌさま!?」 さすがのジェシカも驚き、そして店長も慌てて駆け寄った。 だがチュレンヌは、何でもないことのように手を振りながら、 「なあに、私だけでなく他の者にも『大きさ』がよくわかるよう、ちょっと衣装の露出を増やしてやろうというだけだ」 つまり。ジェシカの服を切り刻む、と言っているのだ。 「そ、そんなご無体な!」 「心配することはない。ジッとしていれば、その娘の体には害は及ばん。肌に傷一つつけることなく、着ているものだけを切ってやるさ。こう見えても、こいつの『ブレイド』さばきは......」 「そうか。そいつが有名な......あの『技斬』のギザンか」 チュレンヌの言葉を遮ったのは、店の入り口から聞こえてきた声だった。 全員が、一斉にそちらを振り返る。 いつのまにか入店していたのは、黒いローブを身にまとった人物。フードを目深に被っているので顔もハッキリ見えないが、声からすると女性のようだ。 「ほう。俺を知っているのか......」 それまで無言だったやせぎすのメイジが口を開いた。 謎の女性もそれに応じる。 「ああ。芸術的な腕前の『ブレイド』使い......。巧みな技で斬ってみせることから、ついた呼び名が『技斬』のギザン。......そう聞いている」 言われて、ギザンの顔に笑みが浮かぶ。だが、それは一瞬だった。 「......ただし。おまえの『技斬』など、しょせんハルケギニアでは二番目だ」 「なんだと!? では一番は誰だと言うのだ!?」 気色ばむギザンに対して、謎の女性はチッチッチッと人さし指を振り、そして親指でクイッとフードをめくった。 あらわになったのは、短く切った金髪と、その下に泳ぐ澄みきった青い目。 どうやら今の仕草は『一番は私だ』という意味だったようだが、こういうのは恥ずかしいらしく、ちょっと照れたような表情を浮かべている。 「ばかな! 貴様が一番だと!? ならば......お前にこれができるというのか!?」 ギザンは、テーブルの上にあったローストビーフの塊と細長いパンを手にとって、宙に投げた。 うわっ、と誰かが叫んだが、心配無用。 ギザンが杖を振ると、ローストビーフは薄く切れ、チュレンヌたちそれぞれの小皿にパタパタとのっかっていく。同時に、パンは縦に分かれて細長いスティックとなり、次々にグラスに刺さっていく。 「すごい......」 「まさに芸術的な技ね」 味方とは言えぬ『妖精』たちからも、感嘆の声があがった。まんざらでもないようで、ギザンの頬も軽く上気している。 「でも、なんで縦なの?」 一人の『妖精』が、パンを見ながら素朴な疑問を口にした。ギザンはフッと笑って、 「意味など求めるな。芸術とはそういうものだ。見栄えが良ければ、それでいいのだ」 しかし。 「......底が見えたな。だから貴様は二番目だというのだ」 「フン、負け惜しみを。どうせお前には、こんなことは不可能だろう!」 「負け惜しみではない」 短い金髪の女性が、嘲笑の言葉を吐きながら、厨房へと足を進める。 「ちょっと食材を借りるぞ」 彼女は、肉やら野菜やらを一抱えにして、自分のローブの中からは剣を取り出し......。 抱えた材料を放り投げると、ギザンがやったのと同じように、剣を振るう。 そして。 彼女の斬撃を受けた食材が、皿の上に落ちてくる。生の『食材』だったはずのそれは......。 「ええええええっ!?」 オードブルやサラダやレアステーキといった、コース料理に化けていた。フルコースとまではいかないが、それでも、なかなかのものである。 「なんで斬っただけで料理されてんの!? なんで火が通ってんの!?」 「なめらかに斬るだけが技ではない。時には摩擦熱が発生するような切り方も必要だということだ」 彼女は冷静に『妖精』たちの疑問に答えてみせた。それから、あらためてギザンの方を向き、 「切り方しだいでは、こうやって『意味』を持たせることも出来るのだ。......格好だけではなくて、な」 「くっ......」 うつむいて、悔しさに顔をゆがめるギザン。この女性の技量が彼よりも上であることは、もう誰の目にも明白であった。 だが、『技斬』のギザンの名にかけても、このままでは終われない! 「......『意味』に......こだわるのであれば......」 低い声でつぶやきながら、ギザンは顔を上げる。 「......『ブレイド』の本来の意味は、敵を斬り刻むことだあっ!」 叫びながら、彼は女性剣士に斬りかかった。 相手の武器はただの剣、しょせん平民の剣士に負けるはずがない......。 と思いつつ、ギザンは床に沈んでいた。 「どうやら『芸術的な技』とやらにかまけて、戦いの腕は錆び付いていたようだな」 侮蔑の目で、女性剣士がギザンを見下ろす。彼女は、ギザン本人が気づかぬほどの素早さで、一撃を食らわせていたのだ。 「貴様! 貴族に向かって、なんということを!」 「安心しろ。命までは奪っていない」 「そういう問題ではない! 生意気な平民め!」 チュレンヌの取り巻きたちが立ち上がり、杖を抜く。 仲間の一人をやられて、彼らは殺気立っていた。もはや技斬コンテストの時間は終わったのだ。 「私とやろうと言うのか? ......ちょうどいい。よってたかって女子供をいじめる虫けらどもは、どうも虫が好かん。退治してやろうじゃないか。......だがここで暴れては、店に迷惑がかかる。参られい」 表へと、女性剣士は顎をしゃくった。 最後の部分だけは丁寧な言葉使いにしていたが、むしろこれでは慇懃無礼だと、その場の誰もが感じていた。 ######################## 店の外で対峙する、一人の女性剣士と数人のメイジたち。 遠巻きに近所の住民たちが眺めているが、野次馬たちの目から見れば、明らかに剣士が方が不利だった。 そして。 彼らの心配したとおり、戦いが始まってすぐに、剣士はメイジの炎に焼かれていた。 「ははは! でかい口を叩きおって! 平民のくせに貴族に逆らうから、こうなるのだ!」 炎を放ったメイジは、杖を振り下ろした姿勢のまま、そう勝ち誇っていた。 だが、次の瞬間。 彼は、信じられない光景を目にすることになる。 「なんと!?」 燃え盛る炎を突き破って、女性剣士が斬りかかってきたのだ。 黒いローブは燃え尽きて、板金で保護された鎖帷子の姿となっているが......剣士本人は無事である! 次の呪文を唱えている時間はなかった。周りの仲間のフォローも間に合わなかった。 「一つ教えておいてやる。私はメイジが嫌いだ。特に『炎』を使うメイジが嫌いだ」 剣士の言葉が聞こえるのと、剣で叩かれ意識を失うのとは同時だった。 あっというまに仲間の一人が倒されて、メイジたちが動揺する。 ギザンの時とは状況が違う。今度は斬り合って負けたわけではなく、普通に魔法を撃ち込んだのに、何故か敗れ去ったのだ。 「こいつ......あの炎を耐えやがった......」 「ば、ばけものだあっ!」 残った者たちは、我れ先にと逃げ出すのであった。 ######################## 「......はあっ......はあっ......」 残りのメイジたちと共に、チュレンヌは、夜の闇の中を駆けていた。 だが、ここまで来れば、もう大丈夫であろうか。息も切れて辛いので、路地裏で一休みするチュレンヌたち。 「あの女......可愛い顔してとんでもねえ野郎だ」 「......まったくだぜ。えれえ目にあった......」 取り巻きたちが言葉を交わすのを耳にして、チュレンヌは、ふと考える。 ......あの女は、きっと炎対策をしていたのだ。メイジではないから耐火の呪文などは使えないとしても、水袋などをローブに仕込ませておけば、ある程度の火の勢いは殺げるはず......。 それに。 チュレンヌは、なんとなく彼女に見覚えがあるような気がしていた。あの鎖帷子と、特徴的な短い金髪、そして何か深い意志を秘めたような青い瞳。たしか、あれは......。 「ぎゃあっ」 彼の思考を遮るかのように、右手のほうから悲鳴が上がる。 慌てて振り向けば、取り巻き貴族の一人が、泡を吹いて倒れていた。 「まさか......奴か!?」 「もう追いつかれたのか!?」 休憩は終わりだ。メイジたちが杖を構える中。 カツン、カツン、と乾いた足音を立てながら、彼らの前の姿を現したのは......。 「なんだ、おまえは?」 金髪の女剣士ではない。 それは、ぴったりとした赤いコートを身にまとい、同じく真っ赤なフードと仮面で顔も完全に隠した、赤一色の謎の剣士......。 初めて目にする異様ないでたち。だがチュレンヌは、噂で聞いたことがあった。復讐に燃える赤い女剣士がトリスタニアの街に出没する、と。その剣士のことは、街の小唄にもなっているくらいだ。 あっというまに現れて にこりともせず剣を抜き えっと驚く技を見せ すうっと消えるその姿...... 人呼んでさすらいの女剣士、快傑あにえす! あくまでも、流行の小唄にちなんだネーミングである。さきほどチュレンヌが思い浮かべた人物の名前と酷似しているが、きっと偶然であろう。 「ええい、なんだか知らんが......やってしまえ!」 「あ! 待て、お前たち!」 チュレンヌの制止は、間に合わなかった。 取り巻き貴族たちは、一斉に襲いかかり......。 「ひっ!?」 「でっ!?」 「ぶっ!?」 あっというまに全員が叩きのめされてしまった。 友よ父よ母よ、みんな見てくれ、唸る剣! ......と言わんばかりの、凄まじい剣さばきである。 「......い、命ばかりはお助けを......」 もはやチュレンヌは、その場に尻餅をついて、ガタガタ震えることしか出来なかった。いつのまにか杖も斬り飛ばされ、鼻先に剣を突きつけられていた。 その状態で、赤い剣士がチュレンヌに問う。 「二十年前、『ダングルテールの虐殺』を指図したのは貴様か!?」 「ダングルテール......? ち、違う! あの反乱にも、その弾圧にも、私は関わっていない!」 必死に否定するチュレンヌ。二十年前の事件は、世間では、国家を転覆させる企てとその鎮圧任務ということになっており、彼も素直にそう信じていた。 だが、このような表現は、赤い剣士の怒りに火を注ぐだけだった。 「嘘を言うな!」 「嘘じゃない、信じてくれ! だって私は......まだ当時は、そんな偉い役人ではなかった! 私などが関与できるはずもない!」 「くっ......!」 言われてみれば、もっともな話である。赤い剣士はチュレンヌを殴りつけ、彼の意識を失わせるにとどめた。 そして一枚の羊皮紙をその場に残し、彼女は立ち去る。 その紙には、次のようにしたためられていた。『この者、勝手に増税して私腹を肥やす悪徳徴税官』と......。 ######################## このように今回はハズレだったが、しかし彼女は止まらない。ただ、復讐の道を邁進するのみ。 彼女の原体験は、火の地獄。戦いの道もまた、火の地獄。 何があるのか知らないが、女は一人でゆくものなのだ! (「快傑あにえす」完) (初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年1月]) |
銀河の彼方にある『惑星Zero』。そこには優れた知能を持った生命体『使い魔』が存在した。『使い魔』は自ら従う意思を持ち、『惑星Zero』におけるメイジの日常生活の中、従順な生き物としてメイジをサポートしていた。 使い魔 -TSUKAIMAS- 「惑星Zeroの少女」 「ルイズぅっ! ルイズぅっ! いないのぉっ!? ルイズぅっ!」 鐘の音が鳴り響く、小高い丘の上。 眼鏡をかけた一人の女性が、名前を呼びながら末の妹を探していた。 見事なブロンドの長髪で、年の頃は二十代後半。気の強さを煮詰めて成長させたような、割ときつめの美人である。 「まったく。ちびルイズったら、お父さまの話も聞かないで......。どこ行っちゃったのかしら」 惑星Zeroに暮らす人々は、自分たちの惑星の名前を知らない。彼らにとって、そこはハルケギニアと呼ばれる世界。そしてこの地は、そのハルケギニアの、トリステインという王国の、ラ・ヴァリエール領......つまり、この眼鏡美人エレオノールの家族が治める土地であった。 「まあ、まあ。また行方不明なのですか、ルイズは?」 遠くからかけられた声に、エレオノールが振り返る。 そこに立っていたのは、エレオノールより少し若い女性。腰がくびれたドレスを優雅に着込み、羽根のついたつばの広い帽子をかぶっている。穏やかな可愛らしい顔が帽子の下から覗き、桃色がかったブロンドが風に揺れていた。 エレオノールの妹の一人、カトレアである。体が弱く、ラ・ヴァリエールの領地から一歩も出たことがない......いわゆる薄幸の美少女であった。 「あら、カトレア! だめじゃないの、あんまり外を出歩いちゃ......」 言いかけて。 エレオノールの言葉が、途中で止まる。 彼女は気づいたのだ。ここでカトレアが何をしていたのか、ということに。 というより、今まで『ここ』がどこなのか気づかなかっただなんて、自分はどうかしている......。 心の中で反省するエレオノール。ルイズを探すあまり、いつのまにか、ここに来ていたとは......。 彼女は、カトレアのもとへ歩み寄った。 隣に並べば、二人のすぐ目の前にあるのは、一つの墓標。 「エレオノール姉さま。ルイズなら、ここにはいませんよ。屋敷の中庭の池は、もう調べましたか?」 「真っ先に見たわよ。ちびルイズったら、昔は叱られると決まって、あの中庭の池に浮かぶ小船の中に逃げ込んでたけど......さすがに、いつまでも小さな子供のままじゃないのね」 「では、森の奥まで探検にでも出かけたのではないですか? ......使い魔を求めて」 「ええ、きっとそうね。あの子の『使い魔を欲しい』という気持ちは、抑えられるものじゃないんだわ」 「無理もないですわ。お母さまのようになりたいのでしょうから」 そろって二人は、墓標に目を向ける。カトレアが花を捧げたばかりの......母親の墓標に。 三姉妹の母カリーヌは、かつて『烈風カリン』として知られた風のスクウェアメイジ。『アテナイス』という名前の老成したマンティコアを使い魔として、数多の戦場を所狭しと駆け回った。 公爵家に嫁ぐ頃には既に引退していたのだが、ラ・ヴァリエール領が戦火に巻き込まれた時、再び『烈風カリン』として立ち上がり......。家族と領民を守って、命を落としたのだった。 「でも......運よく野生の使い魔を見つけたり、契約したりすることなんて出来るのかしら」 ポツリとつぶやくカトレア。 エレオノールが亡き母のことを想っていた間にも、カトレアは妹のことを考えていたらしい。 「......まあ、それは......」 エレオノールが言いよどむ。 そもそも使い魔というものは、昔々はメイジが呼び出せば目の前まで来てくれたそうだが、『召喚(サモン・サーヴァント)』というその魔法は、いつしか失われてしまっていた。 今では、メイジが自分で野良の使い魔を探し出し、なんとか言うことをきかせて『契約(コントラクト・サーヴァント)』に持ち込まないといけないのだ。 「......あの子の努力次第ね」 王立魔法研究所(アカデミー)に勤めるエレオノールであっても、それ以上の明確な答えは持ち得なかった。 そして。 二人の姉がルイズのことを心配している頃、当のルイズは......。 ######################## どーん。 静かな森に、轟音が響き渡る。 同時に、一人の少女の悲鳴も。 「もうっ! なんであんなもんが......いつまでも私を追いかけるのよっ!」 森の中を走って逃げ回る、桃色の髪の少女......ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女は今、巨大な土ゴーレムに追われていた。三十メイルはあろうかという大きなゴーレムであり、操っているのはトライアングルクラスかスクウェアクラスのメイジに違いない。 敵に後ろを見せることは嫌いなので、最初ルイズは、魔法で応戦しようとした。ゴーレムの胸が小さく爆発するのが見えたが、ただそれだけ。ゴーレムはビクともせず、わずかに土がこぼれるに過ぎなかった。 やむを得ず、結局ルイズは逃走を選んだのである。 「......このままじゃ......いつか追いつかれちゃう!」 ゴーレムは地響きを立てて追いかけてくる。大きいだけで、動きはあまり素早くない。人が走るのと同じくらいのスピードだろう。 だが、人間は全速力で走れば疲れるのだ。魔法で操られるゴーレムだって、メイジの精神力が底をつけば動けなくなるはずだが、それまで今のスピードを維持する自信など、ルイズにはまったくなかった。 「いったい、どうしたらいいのやら......」 どんな呪文を唱えても爆発魔法にしかならない、未熟なメイジのルイズである。 こんな時メイジを補佐するという『使い魔』がいてくれたら......と、使い魔を切望する気持ちが、いっそう強くなってしまう。 だが、ないものねだりをしても仕方がない。それよりも、状況確認だ。 走りながら、ルイズは周囲の景色に目をやった。 右を見ても左を見ても、木と緑ばかり。同じような光景であるが、一応、ここはラ・ヴァリエール公爵領の敷地内。慣れ親しんだ場所ならば、地の利は我にあり、とも思ったのだが......。 「......まずいわね......」 ルイズの焦りが大きくなる。 見覚えなどない風景なのだ。いつのまにか、まったく足を踏み入れたことのない場所まで、来てしまったらしい。 「あら? あれは......」 だが、天はルイズを見捨てていなかった。森の奥の岩肌に、小さな洞窟を見つけたのだ。 あそこならば、巨大なゴーレムが入るのは不可能だ。あそこに逃げ込むしかない。 ルイズは気力を振り絞り、洞窟を目ざして、走る速度を上げた。 ######################## まったくルイズは気づいていないが、少し離れた場所で、ゴーレムとルイズの追いかけっこを見守る者がいた。 フードを目深にかぶった女のメイジ。 長い緑髪を風になびかせ悠然と佇む彼女こそ、国中の貴族を恐怖に陥れた盗賊、『土くれ』のフーケであった。 「いったい何をやってるんだろうねえ。......私のゴーレムは」 フーケは、わずかに首を傾げる。 この辺りに唯一無二のお宝が眠る、という極秘情報を入手して、こんな田舎までやってきたのだ。一人で探すのも大変なので、「宝を追え」と命じてゴーレムを放ったのだが......。なぜかゴーレムは、人間の少女を追っている。 「......ということは、あの小娘が、よほど高価な物でも身につけてるのかねえ? それとも、あの少女自身が......」 ちょうど少女は、森の奥にある洞窟に飛び込むところだった。 「......いや、あの洞窟の中に......!?」 小さな洞窟である。フーケの巨大ゴーレムは進入できず、入り口で困ったように佇んでいる。 しかしフーケには、あきらめるつもりなどなかった。 「どうやら、私の出番のようだね」 彼女の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。 ######################## 「こんな場所があるなんて、知らなかったわ......」 ルイズはゆっくりと、ひんやりとした洞窟の中を進んでいった。 外の光など入らないはずなのに、真っ暗ではない。薄ぼんやりと、歩くのに困らない程度には、周りが見えていた。 「......いったい何なのかしら、ここは......?」 ゴーレムから逃げるためではなく、好奇心に突き動かされて。 ルイズは、奥へ奥へと進んでいく。 数百メイルほども歩いただろうか。そのうちに、奥のほうからユラユラと蠢く明かりが見えてきた。 洞窟は、古い遺跡に繋がっていたのだ。大発見である。 ワクワクしながら様子をうかがうと、遺跡は、彼女のいる場所から緩やかに下り、広い、劇場ほどもある空間になっていた。 空間の中央には、石の棺のようなものが二つ、安置されている。 「古代の偉い人の......お墓? ここがヴァリエール領になるよりずっと昔の......?」 だがルイズは頭を左右に振り、その考えを打ち消した。 違う。ここは、墓などではない。もっと別の何かだ。 理由はわからないが、とにかく、そう思った。それに、「中身を確かめるべきだ」という強い衝動にかられた。 ルイズは石棺に歩み寄り、まず、左の棺の蓋を開く。重い石蓋だったが、横に滑らせれば、か弱い少女の力でも開けることができた。 その中身は......。 「......人間!?」 見慣れぬ服装の、黒い髪の少年である。年はルイズと同じくらい。 死体ではなく、ただ眠っているだけのようだ。 まじまじとルイズが覗き込んでいるうちに、彼は目を覚ました。 「あんた誰?」 「誰って......。俺は平賀才人」 「どこの平民? なんでこんなところで眠ってたの?」 「こんなところって......?」 黒髪の少年は、顔を上げて辺りを見回す。それからギョッとしたように、 「どこだよ、ここは!?」 「トリステインよ! そしてここはラ・ヴァリエール公爵領......つまり私の家の敷地内よ!」 「......お前んち? で、なんで俺、こんな石の箱ん中に寝かされてるわけ?」 「こっちが聞いてるのよ! ちゃんと答えなさい!」 「んなこと言われても......」 少年は軽く頭を振ってから、記憶の糸をたぐった。 「......そうだ。俺は家に帰る途中だったんだ。東京の街を歩いていたら、目の前に突然光る鏡のようなものが現れて......」 「トーキョー? 何それ。どこの国?」 「日本」 「何それ。そんな国、聞いたことない。......ああ、あんた記憶が混乱してるのね」 ルイズの表情が変わった。 このヒラガサイトと名乗る少年は、頭がどうかしているに違いない。 そう思った彼女は、少年に憐憫のまなざしを向ける。 「かわいそうに......こんな石棺に閉じ込められてたから......あんた酸素欠乏症にかかって......」 「ちげーよ! どこのSFアニメだよ、それ!」 こうして、サイトは記憶喪失の少年ということにされてしまった。 サイトが反論してもルイズは取り合わない。これ以上は話をしても無駄だと判断したのだ。 彼では事情を説明できないというのであれば、別の者に尋ねればいい。さいわい、もう一つ棺がある。そちらにも誰か眠っているのだろう。 「あんた、ちょっと手伝って」 「なんだよ?」 「いいから!」 少年と共に、ルイズは隣の棺を開ける。 中に眠っていたのは......。 「なんでえ。ようやく外に出られると思ったら、剣もまともに振れねえような小僧っ子と貴族の娘っ子じゃねえか」 錆の浮いたボロボロの剣だった。 「剣がしゃべってる!」 「これって、インテリジェンスソード?」 驚くサイトと、当惑するルイズ。 ルイズの言葉に、錆びた剣は威張ったような口調で返す。 「おうとも! デルフリンガーさまだ! おきやがれ!」 「名前だけは一人前なのね」 「俺は平賀才人だ。よろしくな」 剣は黙った。じっと、サイトを観察するかのように黙りこくった。 それからしばらくして、剣は小さな声でしゃべり始めた。 「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」 「『使い手』?」 「ふん、自分のことも知らんのか。まあいい。てめ、俺を握ってみろ」 「......こうか?」 言われるがまま、サイトは剣を手にするが......。 「ん? ......なんだ、てめ、まだ『契約』してねえのか。ひでーな」 残念そうな声を上げる剣。その言葉に、ルイズが飛びついた。 「『契約』って......使い魔の?」 「そういうこった。こいつは特別な使い魔なのさ」 なんと! サイトは使い魔だった! 彼を見るルイズの目が、少しだけ変わる。 しかし。 「なんだよ、その使い魔って」 「あんた使い魔も知らないの? どこの田舎モノよ。......あ、そっか。色々と忘れちゃってるんだっけ」 「俺は記憶喪失なんかじゃねえ!」 とてもじゃないが、そんな『特別な使い魔』には見えない。 ふと視線を逸らせたルイズは、棺の中に、もう一つ別の物がおさめられていることに気がついた。最初はデルフリンガーの下に、半ば隠れていたのでわからなかったが、サイトが剣を取り出したおかげで、はっきり見えるようになったのだ。 「......何かしら?」 どうやら古びたオルゴールのようだ。茶色くくすみ、ニスは完全にはげており、所々傷も見える。 「おう、忘れてたぜ! こいつは......」 「......そいつは私がもらうよ」 デルフリンガーの言葉を遮る声は、新たに現れた人物のもの。 ルイズとサイトが振り向けば、立っていたのは一人の女メイジ。『土くれ』のフーケが、ついにルイズに追いついたのであった。 ######################## 「いやはや、凄いお宝に巡り会えたもんだ。まさか、こんなところに『始祖のオルゴール』が眠っていようとはね......」 「『始祖のオルゴール』ですって!?」 驚きの声を上げるルイズ。『始祖のオルゴール』といえば、伝説級のシロモノであり、ルイズも名前だけは聞いたことがあったのだ。 「そうさ。子供のオモチャじゃないんだよ。だから、こっちによこしな」 「嫌よ! 誰があんたなんかに......」 「そうかい。じゃあ、しかたないね」 フーケが杖を振ると同時に、無数の土の塊がルイズたちを襲った。 サイトともども、ルイズは叩き飛ばされてしまう。 「......力づくでもらうとするよ」 ニッと笑いながら、『始祖のオルゴール』を拾い上げるフーケ。 一方、ルイズだって、いつまでも倒れてはいない。すぐに起き上がり、魔法を放つ。 しかし。 フーケの前に土の壁が出現し、ルイズの爆発魔法は防御されてしまった。 「お嬢ちゃんの魔法は、さっきさんざん見せてもらったからね。私のゴーレム相手に頑張ってたけど......あんた、ちゃちな爆発魔法しか使えないんだろ?」 「あんたが、あのゴーレムの操り主......!」 ルイズの戦意が高まる。 遠距離から魔法を撃ち込んでも駄目だというなら、接近戦を仕掛けるまで! 「サイト! 行くわよ! あんたも剣持ってんだから、いっしょに戦いなさい!」 サイトにも声をかけ、走り出すルイズ。だが彼女は転んでしまう。 「これは!?」 地面から伸びた土の手に、足を掴まれていたのだ。当然、これもフーケの魔法である。 「なんで俺まで......」 すぐ隣では、サイトも同じように拘束されている。 「あんた、本当に特別な使い魔なの!? 役に立たないわね!」 「無理言うな! 全然わけわかんねえんだから!」 「はいはい。あんたたちは、そこでおとなしくしてな。二人で仲良くね」 勝者の余裕でからかいの言葉を投げかけながら、フーケはオルゴールの蓋を開けていた。普通ならば、これで音楽か何かが聞こえてくるはずなのだが......。 「なんだい。何も聞こえないじゃないか。古すぎて、もう壊れてんのかねえ」 残念そうにつぶやくフーケを見て、ルイズは不思議に思う。 「......え? あんた......これが聞こえないの?」 ルイズには聞こえたのだ。綺麗で、懐かしい感じのする曲が......。 しかも、その曲を聴いていると、呪文のルーンが頭に浮かんでくる! そんなルイズの異変に、デルフリンガーが真っ先に気づいた。 「まちがいねえ! 娘っ子、おめえさんは虚無の担い手だ!」 サイトに握られたまま、剣が叫ぶ。 「『ちゃちな爆発魔法』って言われてたが、そいつは虚無魔法......『エクスプロージョン』の出来損ないに違いねえ!」 「あれが......虚無魔法?」 ならば、今この瞬間に頭の中を流れるこのルーンこそが、完全版の『エクスプロージョン』の呪文なのだろうか。 「そうだ! 娘っ子! 早くこの小僧と契約しろ! やっぱりこいつが『使い手』......おめえの使い魔になるんだ!」 二人ほぼ同じ場所で拘束されていることが幸いした。これならば、首を伸ばせば届く距離だ。 ルイズはサイトに声をかけた。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 「はい?」 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そして、ゆっくりと唇と近づける......。 こうして、ルイズとサイトは、メイジと使い魔の関係になった。 ######################## 「体が羽のように軽い! まるで飛べそうだ!」 「だろ? それがガンダールヴの力だぜ、相棒」 「つうか、まずはこれをなんとかしないといけないな!」 剣を振り、体を拘束する土の手をスパスパ切っていくサイト。 その光景を最後まで見ることなく、フーケは走り始めていた。 ......サイトやルイズに向かって、ではない。逆に、逃げる方向だ。 本能的に危険を察したのだ。無理はせず、退くべきときは退く。生き延びるためには、それも大切なことである。 「お宝は手に入れたんだ。あんな連中の相手をする必要はないね」 そして洞窟の外に出たフーケは、そこで待っていたゴーレムに、新たな命令を与える。ルイズやサイトが出て来られないよう、洞窟ごと壊してしまおうというのだ。 しかし。 「そうはさせねえ! 今度はこっちの番だぜ!」 土の拘束を解いた二人が、早くも外に飛び出してきた。 ならば。直接ゴーレムに潰させるまで。まずは、メイジの小娘のほうだ。 「やっておしまい!」 ゴーレムは、巨大な足でルイズを踏みつぶそうとしたが......。 剣を構えたサイトが飛び込み、剣一本でゴーレムの巨体を受け止めた! 「バカな!? あんな貧相な坊やが!?」 「へへへ。自分でも驚くぜ。これが使い魔の力......ってやつらしいな」 この時すでに、ルイズは呪文の詠唱を始めていた。 呪文詠唱中の無防備な主人を守るのが、使い魔ガンダールヴの仕事。 サイトの背中に、ルイズの詠唱は心地よく染み込んでいく。聞いていると、勇気がみなぎってくるのだ。 ......とはいえ、勇気によるパワーアップなんて、しょせん限度があった。元々の筋力など高くないサイトでは、ゴーレムの巨体には耐えきれず、ジリジリと押されていく。 ルイズとサイト、ピンチ! だが、二人が潰されてしまうより早く。 ルイズの呪文が完成した。 「私の使い魔をいじめるやつは......許さないんだから!」 叫んで杖を振り下ろすルイズ。 本物の『エクスプロージョン』の発動である。 巨大な光に包まれて、フーケのゴーレムは、一瞬で消滅。 爆風でフーケも、どこかへ吹き飛ばされるのであった。 ######################## 「なんだかよくわかんないけど......たすかったんだよな」 「そうよ」 ほうけたようなサイトとは対照的に、ルイズの声は明るい。苦手だった魔法も克服し、使い魔も手に入れることができたのだ。 「でも、俺......これからどうしたらいいんだろ。できれば、元の世界に帰りたいんだが......。かえしてもらえるのか?」 「あんたが別の世界から来たって話、信じたわけじゃないけど......」 気分のよいルイズは、使い魔サイトに笑顔を向ける。 「......帰る方法、一緒に探して上げるわ」 「ほんとか!?」 「ええ。あんたの面倒は、私がみてあげないといけないもん。だって......あんたは私の使い魔なんだからね!」 こうして。 ルイズとサイトの旅が、今、スタートした。 ######################## 銀河の彼方にある『惑星Zero』。そこには優れた知能を持った生命体『使い魔』が存在した。『使い魔』は自ら従う意思を持ち、『惑星Zero』におけるメイジの日常生活の中、従順な生き物としてメイジをサポートしていた。 ルイズはこの星で生まれ育ったメイジの少女。ふとしたことで、使い魔ガンダールヴの剣を自称するデルフリンガーと、記憶喪失っぽい少年サイトと出会い、サイトの帰還方法を探す旅に出た。 サイトを欲しがって旅の仲間となるキュルケや、風竜を用いて荒野の運び屋を営むタバサなど、さまざまな人々との出会いを経て、ルイズは成長していく......。 (「TSUKAIMAS「惑星Zeroの少女」」完) (初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年1月]) |
かつて司令部として機能していた赤レンガの建物は、もはや瓦礫の山と化していた。 颯爽と風になびいていた神聖アルビオン共和国議会旗も、ところどころ破れ、薄汚れて、今では地に伏している。 そんな惨状の中......。一つの死体がムクリと起き上がり、生者のようにパチリと目を開けた。 「これは......いったい......」 自分は確かに死んだはずだ。三十余年の人生で見た中で一番美しい光景であったが、しかしあれは、信じられない裏切り行為。味方であるはずの大艦隊の砲門が、自分を狙って一斉に光る、という......。 不思議がる男の耳に、謎の声が聞こえてくる。 『余が蘇らせてやったのだ、クロムウェル』 裏切り者ガリアのジョゼフ王の声に似ているが、気のせいかもしれない。クロムウェルは、とりあえず耳を傾けることにした。 『鉄獣メカ......ヨルムンガンドを与えてやろう。これでトリステインを攻め滅ぼすのだ』 「トリステインを......!?」 『そうだ。余に従って、ハルケギニア統一に協力せよ。さすれば、おまえを王にしてやるぞ』 こうして、クロムウェルは再びトリステインと戦うことになった。 実は『謎の声』が望んでいるのはハルケギニア支配などではなく滅亡なのだ、とは知らずに......。 ファイター 科学忍者隊オンディーヌ F 「ゆけ! ゆけゆけ、レコンキスタ! 我々選ばれた貴族たちによって、ハルケギニアは一つに結束せねばならないのだ! ハルケギニアは一つ! ハルケギニアは一つ! おお、レコンキスタ! レコンキスタ!」 死んだはずのクロムウェルが、再生レコンキスタを率いて、ガリアの尖兵となってトリステインに攻め込んできた! ......色々と突っ込みどころ満載な話だが、とにかく、トリステインの王宮は大騒ぎである。 すぐに将軍や大臣たちが集められ、会議が開かれた。しかし会議は紛糾するばかり。 「あのレコンキスタが再び!?」 「たびかさなる戦で、民は疲弊しております。いったいどうすれば......」 「やはりゲルマニアに軍の派遣を要請しましょう!」 「そのように事を荒立てては......」 「アルビオンに会議の開催を打診しましょう! 何かの誤解かもしれない!」 いっこうにまとまらない会議に業を煮やして......。 アンリエッタが、大きく深呼吸して立ち上がる。 一斉に視線が彼女へと注がれる中、アンリエッタは、臣下を安心させる声で言い放った。 「落ち着いてください。このような日が来ることを見越して、わたくしは、水精霊騎士隊(オンディーヌ)を設けたのです」 「水精霊騎士隊......ですか? しかし......あんなもの、ただの近衛隊ではないですか」 一人の大臣のつぶやきに、同じく近衛隊である魔法衛士隊の者が、ムッとした表情を浮かべる。だが彼が何か言うより早く、アンリエッタが言葉を続けていた。 「違います。あのサイト殿が率いる水精霊騎士隊が、ただの近衛隊のはずはないでしょう」 水精霊騎士隊の隊長はギーシュ・ド・グラモンだが、それは名目上の話。東方から来た――ということになっている――剣士サイトが実質的な隊長であることは、誰もがよく知っていた。 「実は......ある人物を真の指揮官として、武器の開発やメンバーの指導まで、お願いしていたのです」 アンリエッタの合図で、新たな人物が会議場に入ってくる。 それは、魔法学院の教師コルベールだった。傍らにはキュルケも寄り添っている。 まるで長官と秘書だ。パート2の終盤で死んでしまう秘書のようだ。 「御安心ください。今この瞬間にも、オンディーヌは偵察に出ています」 一礼してから、その場の皆に告げるコルベール。 ちなみに......『オンディーヌ』というのが科学忍者隊の全員を示すのか、あるいはサイト一人を意味するのか、そこのところは、アンリエッタにもわかっていなかった。 ######################## ハルケギニアの青い空を、鉄の竜が飛ぶ。 まっすぐに横に伸びた翼は、まるで固定されたように羽ばたきを見せない。しかもハルケギニアの者には聞き慣れない轟音を立てている。 ......厳密には『竜』ではなく、サイトが駆る『ゼロ戦』であった。 「何も見えないじゃない。つまんないわ」 「しょうがねえだろ。竜じゃ飛べないような超高空から調べろ、って言われてるんだから」 同乗者ルイズの文句に、ゼロ戦を操縦しながら返すサイト。 理にかなった言葉ではあるが、だからといってルイズの機嫌が良くなるわけではなかった。 「えらそうなこと言うのね。バカ犬のくせに」 「バカ犬って言うな。これは科学忍者隊の偵察任務なんだから、せめて今だけでも、ゼロ1号『オオワシのサイト』と呼んでくれ」 「ふん。何がカガクよ。何がニンジャよ。水精霊騎士隊の騎士ごっこが、ヒーローごっこに変わっただけじゃないの」 メンバーではないルイズは、拗ねたような声を出す。 水精霊騎士隊が科学忍者隊であることは一応秘密なので、それぞれがコードネームを名乗ることになっていた。 しかし......そんなものバレバレではないか、とルイズは思うのだ。 科学忍者隊の正式メンバーは五人。当然リーダーは、ゼロ1号『オオワシのサイト』。 ゼロ2号は、サブリーダーでもありカッコイイ男でもあるということで、『コンドルのギーシュ』。カッコイイ、に関しては首を傾げたい気持ちもあるが、ギーシュ本人が気に入っているので、まあ良しとしよう。 ゼロ3号は『シラトリのテファ』。彼女は水精霊騎士隊のメンバーではないのだが、「3号はハーフの女の子じゃないと」という理由で、科学忍者隊のメンバーに組み込まれていた。 ゼロ4号は『ツバクロのタバサ』。彼女も水精霊騎士ではないが、まあ、似たようなものだ。他のメンバーより少し若くて、背も低い......とくれば、やはりタバサなのである。 最後は、ゼロ5号『ミミズクのマリコルヌ』。本人は「僕の使い魔はフクロウだよ、ミミズクじゃないよ」と言っているが、サイト曰く「体型的に、お前はミミズクだ」とのこと。 「だいたい、あんた、今の格好は科学忍者隊じゃないでしょ。まだ『変身』してないじゃないの」 正体を隠す意味で、科学忍者隊として行動する際は、彼らは鳥を模した特殊な衣装を着ることになっていた。鳥にちなんで「バード、ゴー!」という掛け声で、コスチュームチェンジするのだ。 「んなこと言われても、ここじゃ変身できねーし。そうだな、そろそろ切り上げて、いったん戻るとするか......」 ######################## 二等辺三角形の翼に、推進式のプロペラがたくさんついた飛行物体。大きな怪鳥にも見間違えられる巨大なフネが、サイトたちの戻るべき場所である。 一見すれば、それはコルベールの『オストラント』号なのだが......。 「あら。他のみんなは、もう戻ってるみたいね」 「そうだな。俺たちが最後のようだ」 微妙に形状が違っていることに、二人は、目ざとく気づいていた。 「じゃ、急ぐとするか」 サイトのゼロ戦がフネの甲板に着艦して、ただちに固定される。 このゼロ戦を1号機として、タイガー戦車と、東方で手に入れた小型哨戒艇と、ロシア原潜の一部が、それぞれ2号機から4号機。そして5号機は、合体後の本体ともなる『オストラント』号......。 四つを収納して五つが一つに合体した今の状態を、『ゴッドフェニックス』と呼ぶ。 なお、このネーミングは、タルブの村で戦勝した際のマザリーニ枢機卿の発言――「あの空飛ぶ翼を見よ! あれはトリステインが危機に陥ったときにあらわれるという、伝説の不死鳥、フェニックスですぞ!」――に由来していた。一種の『嘘から出たまこと』である。 「おお、サイトくん。遅かったではないか」 中央船室に入っていったサイトを出迎えたのは、コルベール以下の仲間たち。コルベールは長官役ではあるが、このフネを動かすためには、やはり彼が乗っていたほうが色々と好都合なのだ。 「おや、サイト。まだ君は、そんな格好なのかい? 早く変身しないと駄目じゃないか」 サブリーダーとして、ギーシュがサイトに声をかける。キザなままでは正体がバレてしまうので、『コンドルのギーシュ』の時はなるべくニヒルな態度をとることにしているのだが、どうも上手くなかった。 「そうだな」 頷くサイト。 見回せば、ギーシュだけはない。テファもタバサもマリコルヌも、すでに、奇抜なデザインのマスクとマントで、鳥のような姿になっていた。 「バード、ゴー!」 サイトは、変身のために叫んだ。 すると、シエスタたちメイドが駆け寄ってきて、一瞬でサイトを着替えさせて、パッと去っていく。 ......このように、科学忍者隊の『変身』は、メイドさん熟練の技に支えられていた。残念ながらハルケギニアでは、変身ブレスレットの開発など、夢のまた夢なのだ。 「では諸君。そろったようなので、今回の指令を伝えよう」 五人を前にして、コルベールが本題に入る。 ルイズやモンモランシーなども隅っこに座って、つまらなそうに話を聞いているが、あくまでも話の対象は科学忍者隊の五人である。 「すでに諸君も聞いていると思うが......。壊滅したはずのレコンキスタが蘇り、トリステインに攻め込んできた」 「......それを迎え撃て、と?」 「いやいや。そう血気にはやっては困る。戦いに行くわけじゃないからね。そこのところを、くれぐれも間違えないように」 コルベールが首を横に振って、ギーシュの言葉を否定した。 「君たちは科学忍者隊なのだ。敵軍に忍び込み、色々と探ってきてほしい。おそらく......クロムウェルやレコンキスタの復活には、裏で糸を引いている者がいるはずだ」 「調査任務か。......じゃあ2号機でも心配ないな」 言いながら、サイトはギーシュに向かって微笑みかける。 2号機のタイガー戦車はギーシュの担当だが、彼一人では、動かすのがやっと。大砲だって、ただの飾りになってしまうのだ。でも活動範囲が狭い地上車というのは、それはそれで2号メカらしくていいんじゃないか、とサイトは思っている。 「レコンキスタはどこにいるの? 水の上じゃないと、私は困るわ」 テファが心配そうな声を出す。 3号機の小型哨戒艇は、テファと一緒の時にサイトが見つけたものなので、2号機のギーシュと比べれば、彼女の運転技術はまともである。だが哨戒艇なので、当然、陸の上では動かない。 「......動くだけマシ」 ポツリとつぶやくタバサ。 タバサの4号機は、こわれた原潜の一部に過ぎないので、当然、単独では動かない。 「えーおほん。その心配は無用である」 一同の不安を鎮めるのは、長官のコルベールだ。 「今回の任務に機械は必要ない。君たちには生身で、空から鳥のように、敵軍に忍び込んでもらう」 鳥のように、といっても、ようするに飛行魔法を使うわけである。 「では......科学忍者隊、出動せよ!」 「ラジャー!」 ######################## 空船の艦隊を率いてトリステインに攻め込んだクロムウェルは、まったく反撃がないので、手応えのなさに驚き呆れていた。 「やつらは遅いではないか」 レコンキスタ艦隊旗艦『ニューレキシントン』号の後甲板で、暇そうにつぶやくクロムウェル。 傍らの艦長が、ニヤリと笑う。 「クロムウェル閣下みずからのご出陣ですから、トリステインのやつらは、恐れおののいているのでしょう。家から一歩も出ることすら出来ないのでしょうな。これも全て、閣下の御威光あってのこと......」 周りの水兵たちも、そうだそうだと頷いて、同意を示していた。 「そんなものなのか。トリステインなど......しょせんは、簡単に潰れる小国ということか」 馬鹿にしたような言葉を、クロムウェルが口にした時。 「......それはどうかな?」 「何者だ!?」 聞こえてきた謎の声に、クロムウェルたちは、一斉に振り返った。 見れば、帆柱の陰に隠れるように、見慣れぬ人影が......。 それは、名乗りを上げながら、歩み出る。 「ある時は五つ、ある時は一つ、またある時はゼロ......。実体を見せずに忍び寄る白い影、科学忍者隊オンディーヌ!」 五人なのか一人なのか無人なのか、言っている意味はよくわからないが、見た感じでは四人のようである。 「トリステインの手の者だな!? 旗艦『ニューレキシントン』に乗り込んでくるとは......大胆な奴らめ!」 「くせものだ! ものども、出あえ、出あえ!」 クロムウェルと艦長の叫びで、レコンキスタの兵士たちが、わらわらと集まってきた。 「こうなったら、もう戦うしかないな......」 仕方がない、と言わんばかりの口ぶりで、サイトが仲間に合図する。 四人は一カ所に集まった。なお、ここにいるのは、あくまでも『四人』である。「5号はメカで留守番するのがお約束」とのことで、マリコルヌは来ていない。ゴッドフェニックスにはコルベールたちがいるので、留守番なんて必要ないのだが。 「......科学忍法、竜巻ファイター......」 小声でボソッとつぶやくタバサ。 これは、ゼロ4号が言うべきセリフなのだ。 タバサが杖を振り、四人の周りに、強烈な『アイス・ストーム』が吹き荒れる! あっというまに、レコンキスタ兵の半分以上が吹き飛んだ。 「ええい! ひるむな! 敵は、たった四人だ!」 指揮官の号令で、竜巻が止んだ瞬間を狙って、レコンキスタ兵が襲いかかる。 だが、タバサ以外の三人も、それぞれ『科学忍者隊』であった。 「オンディーヌ・フェンサー!」 「ようやく俺さまの出番だぁな。まちくたびれーた」 正体を隠すために、サイトは『オンディーヌ・フェンサー』という偽名で剣を呼んでいた。 ばったばったと斬り倒されていく、レコンキスタ兵たち。 「うけよ! 我が華麗な......羽根手裏剣を!」 ギーシュが杖を振ると、薔薇の花びらが羽根手裏剣に姿を変え、ロケットのようなスピードで次々と敵兵に突き刺さっていく。『青銅』のギーシュらしからぬ戦い方かもしれないが、これも正体を隠すためである。 「いやぁ! こっちに来ないで!」 もともと戦闘力の高くないテファは、ヨーヨーのような武器やリボンのような武器を与えられており、それで戦っていた。『忘却』の呪文を使うことは禁止、これも正体を隠すためである。 「......おのれおのれ......科学忍者隊......」 「ああっ!? お待ちください、クロムウェルさま!」 不利を悟ったクロムウェルは、部下を見捨てて早々と逃走。 「待て! クロムウェル!」 サイトが叫ぶ。『フライ』の呪文で浮かんだボートで脱出するのが、視界の端に映ったのだ。当然、追おうと思ったのだが......。 そこに、一羽のフクロウが飛来する。マリコルヌの使い魔だ。 「これは......『急いで戻れ』の合図か!?」 そう。 実はこの時、クロムウェルの秘密兵器が、艦隊とは別のルートからトリステインに迫りつつあったのだ。 ######################## 「ぎぃやああああああああ!」 一同を代表するかのように、ギーシュが悲鳴を上げる。 ゴッドフェニックスに戻った彼らを待ち受けていたのは、眼下に見える、恐るべき光景。高さ二十メイルはあろうかという巨大な剣士人形が、群れをなして進軍していたのだ。 「な、なんだよあれ!」 鈍色に光る鎧をまとい、手には身長ほどもある剣を握りしめ、禍々しい雰囲気を撒き散らしながら進む軍団......。 これこそが、鉄獣メカ『ヨルムンガンド』なのであった。 「あたしたちの魔法じゃ、どうしようもないのよ」 サイトたちが戻ってくる前に、すでに一戦交えていたらしい。やれやれといった仕草で、キュルケが肩をすくめてみせた。 「ルイズの『エクスプロージョン』は?」 「だめ。十分な精神力が、たまってなかったみたい。今の私じゃ、表面を少しえぐる程度だったわ」 サイトの言葉に、ルイズが首を横に振る。 虚無魔法でも切り札にならないというのであれば......。 科学忍者隊のリーダーとして、サイトは決意する。自分たちの体が耐えられるかどうか、ゴッドフェニックスが空中分解しないかどうか、心配ではあるが......それでも! 「みんな、聞いてくれ! こうなったら......科学忍法、火の鳥だ!」 ######################## 科学忍法火の鳥。 ゴッドフェニックス自体を『炎をまとう鳥』の状態にして、巨大な敵に体当たりするという、超必殺技である。 まあ名称こそ『科学忍法』であるが、ゴッドフェニックスを包む火炎は、コルベールやキュルケなど、乗っている火メイジが放つもの。つまり、魔法の応用技である。 「科学忍法......火の鳥!」 サイトの号令で、火メイジたちが杖を振り下ろした。 ゴッドフェニックスは炎に包まれ......そしてヨルムンガンドに特攻する! 「うおーっ!」 この瞬間、ゴッドフェニックスは巨大な一つの武器となっているので、舵はサイトが握っていた。 火の鳥と化したゴッドフェニックスは、見事、敵に命中し......その巨体を撃ち抜いた! 「やった!」 しかし、喜ぶのはまだ早い。 こうして倒すことができたヨルムンガンドは、ようやく一つ。しかもこの技は、火メイジたちの精神力の疲労を考えても、そうそう連発できるものではなかった。 ......科学忍者隊、絶体絶命のピンチ......! 誰もがそう思った瞬間。 ブワッ! 翼を羽ばたかせ、戦場に飛来する一匹の幻獣。老いて巨大な、マンティコアであった。 乗っているのは、桃色の髪をした仮面のメイジ。 突然現れて助けてくれる謎の味方、通称『ピンクインパルス』だ! ピンクインパルスは、ヨルムンガンドの群れ目がけて杖を振る。 ゴォオオオオオッ! 真空の刃が混じった恐ろしいスクウェアスペル、『カッター・トルネード』だ。これも一種の『科学忍法竜巻ファイター』のようなものだ。 さすがにヨルムンガンドを切り刻むには至らなかったが......。それでも、その動きを止めるには十分だった。この間に、サイトたちは態勢を立て直す。 「サイト! こうなったらバードミサイルしかないよ!」 「駄目だ、ギーシュ! あれは危険すぎる......」 ミサイルを発射したがるサブリーダーを止めるのも、リーダーの役目である。 最終兵器バードミサイル。それは、4号機ことロシア原潜に搭載されていた、アレである。迂闊に使うことはできない......というより、サイトとしては、けっして使うつもりはなかった。 「じゃあ、どうすれば......」 「......ここは俺にまかせろ。『オンディーヌF』なんだから、俺がやってやる! 科学忍法ハイパーシュートだ!」 「駄目よ、サイト! 危険すぎるわ!」 悲鳴を上げて、ルイズがサイトに駆け寄る。ルイズは科学忍者隊のメンバーではないが、『ハイパーシュート』がどういう技なのか、ちゃんと知っているのだ。 「心配すんな。俺は、ちゃんと戻って来るさ。ルイズを......みんなを守るためには、これしかないんだ」 「行かないで、サイト! 御主人様の命令よ!」 必死に止めようとするルイズを振り切り、サイトは一人、操縦室を出た。 ######################## 前甲板に上がったサイトは、船の先端へと歩みを進める。 無防備な突端で風にさらされながら、彼は剣を構えた。 目の前には、ヨルムンガンドの大軍......。 「はぁ、なんで俺、あんなのに突っ込まなくちゃならねえんだろ」 「わかってて聞くかね。おめえが主人公だからだろ」 手の中の剣が、答になっていない答を返す。 「参っちまうな」 「相棒、とにかくまっすぐに突っ込め」 「無理言うなよ。こっから飛び降りるわけじゃないんだから、進路はフネまかせさ」 会話を切り上げて、サイトは剣を握り直した。みんなを守るため、精神力を高めていく。 すると......。 まるで、ゴッドフェニックス全体のエネルギーをサイトが受けて、パワーアップしたかのように。 左手のルーンが輝きを増し、デルフリンガーも光り輝く。 「科学忍法、ハイパーシュート!」 巨大な刃物と化したサイトを先端に備えて、ゴッドフェニックスが、ヨルムンガンドへ突っ込んでゆく。 「うおりゃあああ!」 強固な鎧を誇るヨルムンガンドが、紙人形のように、次々と切り裂かれる! ほどなく、その場のレコンキスタ軍は全滅した。 ######################## こうして科学忍者隊は、再生レコンキスタとの緒戦に勝利をおさめた。 だが、クロムウェルのトリステイン侵攻は、これからも続くであろう。 ......トリステインの平和を取り返すため......。 今日も大空かけめぐる! 今日もハルケギニアをかけめぐる! メイジらしく! 使い魔らしく! それが、オンディーヌ! (「科学忍者隊オンディーヌ F」完) (初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年1月]) |