「ゼロの使い魔」二次創作短編(ifもの)
(2011年 9月・10月 投稿分)

『必殺妖精人』
もしも「必殺仕事人」みたいな世界だったら
『ミラーゲイト MG-1: 神の使い魔たち』
もしも「Stargate SG-1」みたいな世界だったら
『アメイジング・モグラ男!』
もしも「スパイダーマン」みたいな世界だったら
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『必殺妖精人』

「せっかくのデートなのに、なんでこんなところで食事なのよ!?」

 モンモランシーは今、プンプンしていた。
 チクトンネ街には、いかがわしい酒場や賭博場などが並んでおり、そこを歩くだけでも、彼女は眉をひそめていたのだが......。
 評判のお店があるから、とギーシュに連れて来られたのは、『魅惑の妖精』亭という名の酒場。入ってみれば、対応に出てきた店長は気持ち悪いオカマだし、給仕の娘たちはきわどい格好で酒や料理を運んでいるし......。どう見ても、いかがわしいお店である。

「いいじゃないか。ここは料理もうまいし......それに女の子たちも可愛らしい」

 たしかにギーシュの言うとおり。
 料理も酒も、味は悪くない。
 だが、その『女の子たち』が余計なのだ。

「はい、おまちどおさま!」

 ちょうど担当の給仕が、新たな料理をテーブルに運んできた。
 長いストレートの黒髪と、活発な雰囲気の太い眉が特徴的な、可愛らしい少女である。胸元の開いた緑のワンピースを着ており、その胸の谷間に、ギーシュの視線が釘付けになっていた。
 モンモランシーは、思わずギーシュの首をしめる。

「どこ見てんのよ!」

「ぐえ!」

 とはいえ、ここは一応、公衆の面前である。モンモランシーとしては、みっともない痴話喧嘩はしたくなかった。
 すぐに彼から手を放し、

「ふん! 下々の女に酌なんかされたら、お酒がまずくなるじゃないの!」

 すねたモンモランシーは、そっぽを向く。
 この隙に。
 黒髪少女がギーシュに、こっそり一枚のメモを手渡したのだが......。
 モンモランシーは、それに気づいていなかった。

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 やがて。
 人々が寝静まり、繁華街の酒場すらも閉店した頃......。
 真っ暗になった『魅惑の妖精』亭に集う、四つの人影があった。

「そうか......そんなことが......」

 マントを羽織った金髪の少年が、悲痛な表情でつぶやく。

「この話......もちろん受けるわよね、『赤い薔薇』さん?」

 黒髪をオイルでなでつけ、小粋な髭を生やした男が、金髪少年に呼びかけた。男は身をくねらせており、オカマみたいな......というより、オカマそのものである。

「もちろんだ。レィディを泣かせる者は、許してはおけないからね」

 少年は、この場では『赤い薔薇』と呼ばれているらしい。
 彼は同意を求めるかのように、隣を向いて、

「......そうだろう、『武器屋』?」

「あっしは別に......」

 パイプをくわえていた五十がらみの親父が、苦笑した。
 ただし『武器屋』が否定したのは、レィディ云々の部分だけである。それをハッキリ示すために、彼は言葉を足す。

「......でも貴族の横暴は、許せませんのでさ。へえ」

 さきほどオカマが語ったのは、可哀想な少女の物語であった。
 ......酔った貴族たちが街を歩いていたところに、一人の平民の少女が通りかかった。たまたま小石に躓いた彼女は、よろけて貴族にぶつかってしまい......。

『もうしわけありません。おゆるしください』

『俺たちは寛大だ。命だけは助けてやろう。そのかわり......』

 といったやりとりの後。彼女は無理矢理、屋敷に連れ込まれて、四人がかりで陵辱。舌を噛んで死んでしまったのであった。
 しかも話は、まだ終わらない。少女には、将来を誓い合った男性がいた。彼も平民だったが、泣き寝入りすることは出来ず、貴族のところに乗り込んでしまう。だが普通の平民一人が貴族四人に勝てるはずもなく、あえなく返り討ちに。
 このままでは死んでも死にきれない、と、最後の力を振り絞って逃げ出した彼に、最期の瞬間、ささやかな幸運が訪れる。逃げる途中で偶然、闇の集団――はらせぬ恨みをはらしてくれるという――の一員と遭遇したのだ。
 この一件を彼らに託して、そして男は死んでいった......。

「......平民が貴族に逆らったら、無礼討ちにされても文句は言えない......。そんなものは建て前なのよねえ。本当に実行してたら、そのうちハルケギニアから庶民はいなくなってしまうわよ〜〜」

 オカマが、しみじみと言う。彼に続いて、

「でも最近は、そこのところを勘違いした馬鹿どもが横行してるんだわ......」

 暗い闇の中から、女性の声が。
 この場にいる四人の中の、紅一点。黒い長髪の、眉が太めの少女である。
 彼女は、何やらジャラジャラと音がする袋を抱えていた。
 そちらをチラッと見てから、オカマが会合を締めくくる。
 
「......それじゃ、決行は明日ということでいいわね? お金は、いつものように『黒妖精』ちゃんから......」

 頷く一同。
 黒髪少女が、金貨を配り始めた。

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「いやあ、今日もよく飲みましたねぇ」

「いいんでしょうかねぇ、隊長。俺達、毎晩毎晩、こんなに飲み歩いてて......」

「いいってことさ。トリステインまで戦火が及ぶのは、まだまだ先の話。今のうちにタップリと英気を養っておくのも、軍人の務めである! がはははは!」

「そういうこと、そういうこと。あとは、この間の晩のように、どこかで若い女でも拾えたら......。いひひひ......」

 杖を持った四人の男たちが、繁華街を練り歩いていた。
 人通りもすっかり途絶えた時間帯であり、彼らの言動にケチをつける者も、顔をしかめる者もいない。

「若い女どころか、トウの立った女すら歩いておらんな......」

 隊長と呼ばれた年長の男が、周囲を見回しながらつぶやく。
 実は、彼らの近くの塀の上に、一人の黒髪少女が佇んでいたのだが......。それに気づく四人ではなかった。
 その少女は、メイドなら誰でも持っているような、小さな裁縫箱を抱えていた。
 箱を開けて、彼女が中から取り出したのは、たっぷりと糸が巻かれた立派な糸巻き。縫い物に使うにしては少し太く、見るからに丈夫そうな糸である。
 彼女は、その端を口にくわえて、ツツーッと糸を伸ばし......。

 シュッ!

 下を歩く男に向かって投げつけた!

「うげっ!?」

 最後尾にいた男の首に、糸が巻き付く。
 小さく呻き声を上げたが、その音は小さ過ぎたため、酔っぱらった仲間たちの耳には届かない。男は首を絞めつけられて、もう大声で叫ぶことも出来ないのだ!
 ......いや、ただ首を絞められただけではない。
 糸の端を握ったまま、少女が塀の向こう側へと飛び降りたため、男の体は宙吊りとなる。しばらく彼はバタバタしていたのだが......。

 ピンッ!

 少女が糸を弾くと同時に。
 ついに男は息絶えて、その手足もダラリと垂れた。

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「......ん? あいつはどこへ行ったのだ......?」

 しばらく歩いたところで、先頭を行く隊長が、ようやく気づく。一番後ろを歩いていた部下が、いつのまにか消えている......!?

「気にしちゃ負けですよ、隊長。いなくなった奴のことなど放っておきましょう」

「それより、前に誰かいますぜ」

 仲間の声に、隊長は注意を前方に戻す。
 言われてみれば。
 真っ暗な路地の向こうに、二つの人影が......。

「なんだ、男ではないか」

 ある程度まで近づいたところで、残念そうな声を出す隊長。
 二人とも中年男性のようだ。片方は紫のサテン地のシャツを着ており、その派手な格好から、一瞬、女かと期待したのだが......。
 よく見れば、明らかに違う。大きく開いた胸元からは、モジャモジャした胸毛が見えているし、顔には髭も生えている。

「......男というより、オカマみたいですぜ。隊長」

 その言葉が聞こえたのか、オカマが身をくねらせながら、

「あら、やだ。オカマだなんて......。私のことは『魅惑』とでも呼んでくださいな!」

「『魅惑』だあ? ふざけんな!」

 男が怒鳴り返したが、それどころではなかった。彼――自称『魅惑』をオカマ呼ばわりした男――に向かって、そのオカマが駆け寄ってきて......。

「うわっ!? やめろ、気持ち悪い! 抱きつくな!」

 いや。
 それは『抱きつく』なんて生易しいものではなく。
 いわゆるサバ折り......しかも尋常ではないレベルの『サバ折り』だった。

 グキッ!

 オカマは男の腰骨を外して、さらにゴキッ、ゴキッと押し込み......。
 なんと男の体を二つ折りにしてしまったのである!
 ......前屈ならばまだしも、人間の体は、後ろ向きに折りたためるようには出来ていない。頭が両脚の間に挟まる頃には、男は完全に絶命していた。
 げに恐ろしきはオカマの怪力なり......。

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 隊長は、目の前の光景が信じられなかった。部下の一人が、オカマに圧殺されたのだ!
 いや、一人だけではない。
 もう一人の部下も......。

「てめえっ!」

 こちらは、二人組のもう片方を相手にしていた。
 パイプを口にくわえた中年の平民。そう、相手は平民なのだ。
 しかし彼が杖を振るって魔法を放っても、パイプ親父は、巧みに避け、彼に迫る。
 あっというまに、彼は後ろをとられていた。

「くっ!?」

 彼が振り向くより早く。

 シャキンッ!

 パイプ親父は、今までくわえていたパイプを、指で挟んで回転させる。パイプの一端――口の中に隠れていた方――は、鋭く尖っていた。
 そして。

 ズブッ!

 その鋭利な凶器が、男に首筋に深々と埋まる。
 もちろん、即死であった。

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「はあ、はあ......」

 部下を失った隊長は、暗い裏路地を駆けていた。
 彼とて、それなりの軍人である。
 普通ならば、あの兇行を黙って見過ごすはずはなかった。
 だが、なんと地面から土が盛り上がり、彼の足を掴んでいたのだ。だから動くに動けなかったのである。
 しかも、その場で杖を振ろうにも、それすら封じられていた。突然どこかから伸びてきた糸が、杖に絡みつき、遠くへ持ち去ってしまったから......。
 不思議なことに、部下が二人とも殺された直後、彼の足の拘束は解けていた。ただし、杖が戻ってきたわけではない。
 どうぞお逃げなさい、と言われているような気がして、それに従うのは悔しかったのだが、だからといって、あの平民二人相手に杖なしで勝てるとは思えぬ。
 結果。
 彼は、こうして逃走しているわけである。

「はあ、はあ。......あいつら、許さんぞ......」

 そう思いながら走るうちに、前方に人影が。
 ......奴らの仲間か......!?
 一瞬、立ち止まりそうになるが、よく見れば違う。
 今度は、金髪の少年だ。杖を持っているし、マントを着ている。格好からすると、まだ学生のメイジらしい。

「......おや? そんなに慌てて......何かあったのですか?」

「いいところで出会った! 誰だか知らんが、魔法学院の生徒だな? 卒業後に取り立ててやるから、ちょっとわしの頼みを聞きたまえ......」

 自分は正規の軍人、しかも隊長だという自負から、ついつい、尊大な口調になる。
 しかし相手の少年は、それに憤慨する様子もない。逆に、まるで王に対する臣下のように、その場に跪いて頭を下げていた。

「いやいや、何もそこまでせんでも」

 苦笑しながら、彼は少年のところに歩み寄る。
 顔を上げさせようと、ポンと肩に手を置いた瞬間。

 グサッ!

 隊長の腹に走る激痛。
 一瞬の後、彼は悟った。『ブレイド』をかけた杖で貫かれたのだ、と。やったのは......目の前の少年!

「な......!? きさま......!? 貴族が、こんな卑怯な......」

 口から血を溢れさせながら言葉を吐く隊長に、金髪少年は、ゆっくり顔を上げながら、

「今の僕は、貴族ではない。......ただの妖精人さ」

 そして、とどめとばかりに、さらにグイッと杖で斬り込む。
 こうして、四人組のリーダー格だった男も、夜の街に散った。

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「ギーシュ! また浮気してたんでしょ!?」

 明るい陽射しの下。
 魔法学院の広場に、モンモランシーの声が響き渡る。

「......昨夜は、詩を読んでくれるって約束だったのに! 約束すっぽかして、どこ行ってたのよ!?」

「ぐげ! ごげ! 息が! 息ができなぐぼごぼげごぼぉ」

 水の塊がギーシュの体を包み込む。だが、誰も助けようとはしない。
 生徒達は、またギーシュが浮気して折檻されてるんだな、と恒例行事を見るような目で眺めているのだ。
 ......ギーシュが本当は何をしていたのか......。
 それを知る者は、魔法学院には誰もいない。




(「必殺妖精人」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年9月])

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『ミラーゲイト MG-1: 神の使い魔たち』

「キングとクイーンと......よし、俺の勝ちだな!」

「ちっ、また負けかよ......」

 トリステインの王宮にある保管庫の前で、二人の衛兵がカードゲームに興じていた。
 ここは王宮内の数ある保管庫の中でも、特に危険なものが収められている部屋。そのため扉の外に二人も番人を置いているのだが......。
 当の衛兵たちにしてみれば、完全な閑職である。外から盗みに入ろうとする者もいなければ、中の『危険なもの』に異変が起こる兆しもない。だからこうして、扉の前に座り込んでゲームで暇つぶしをするのが、彼らの日課であった。
 そこに......。

「こら、おまえたち! 何をやっておるか!」

 銃士隊の隊長アニエスが通りかかった。彼女は、王宮内をあちこち見回っていたのである。
 この場の衛兵たちは彼女の直接の部下ではないが、それでも彼女は叱責する。怒られた二人も、慌てて姿勢を正していた。

「まったく......。いくら世の中が平和になったからといって、そんなことではいかんぞ」

 そう。
 ハルケギニアは今、久しぶりの平和で、貴族も平民も浮かれ気味なのであった。
 レコンキスタの反乱やらガリア王継戦役やらエルフとの『聖戦』やら、長々と続いた戦いは、ようやく片づいて......。
 大きな問題であった大隆起の一件も、なんとか無事に解決して......。
 兵士たちの気が緩むのも仕方ないか、と思いつつ、アニエスがため息をついた、ちょうどその時。

 ガタガタガタ......!

 何かが揺れるような音が、扉の向こうから聞こえてきた。

「鍵は!?」

「は、はい! ここに!」

 緊急時のために、衛兵は、この保管庫の鍵を渡されていた。それをひったくるようにして受け取り、アニエスは扉を開ける。

「おまえは私についてこい! ......おまえは報告に行け!」

 二人のうちの一人を連絡係として走らせ、もう一人と共に、アニエスは保管庫に飛び込んだ。
 大小さまざまな魔道具が散乱する中。
 一つの大きな姿見が、怪しげな光を放っていた。

「......これは!?」

 その鏡の正体を、アニエスは知っている。
 ......それは古代のマジックアイテムであり、トリスタニアの城と遠く離れた場所とをつなぐ鏡だった。
 王の寝室の壁の奥に隠されていたのだが、ちょっとした事件により、その存在が露呈。その後、そのようなものが王の部屋にあっては良くないということで、『危険なもの』として、保管庫に移されたのだった。
 運んだのは、アニエス自身である。

「......どういうことだ......!?」

 鏡の反対側は、アニエスもよく知る人物の屋敷に通じているはず。しかし、今さら彼がこの鏡で王宮にやってくるとは考えられない。
 では、いったい誰が......?
 本能的に危険を察知して、アニエスが剣を構えた時。

「ふぎぃ! ぴぎっ! あぎっ! んぐぃぃいいいいいッ!」

 鏡の中から、オーク鬼の一団が現れた!
 ただし、普通のオーク鬼ではない。
 黒光りする金属製の鎧を着込み、手には棍棒の代わりに、先端のふくらんだ長い棒状の武器を持つ、異様なオーク鬼たち......。

「あわわわ......」

 アニエスの後ろでは、衛兵がすっかり怯えている。

「ひるむな! ただのオーク鬼だ! メイジの魔法には、かなうまい!」

 アニエスの叱咤激励で、衛兵は杖を構えたが、彼が呪文を唱えるより早く。
 オーク鬼たちが、武器を二人に向けた。
 瞬間、銃士隊隊長アニエスは悟った。......あれは格闘用の武器ではない。銃の一種だ!

「よけろ!」

 叫びながら、とっさに横へ跳ぶアニエス。
 同時に、オーク鬼の武器の先端から光が放たれた。

「うわっ!?」

 衛兵は、一撃で胸を貫かれて絶命。
 アニエスは、棚のようなものの陰に隠れたが、たいした盾にもなるまい。敵の『銃』がただの銃ではないことくらい、今の一撃で明白だった。

「......『銃』というよりは......杖か? 呪文詠唱なしで魔法を放つマジックアイテム......」

 物陰から物陰へと跳び移り、飛び来る光をかわしながら、アニエスは冷静に敵を分析していた。
 もうすぐ応援が駆けつけてくると思うが、やみくもに戦っては、さきほどの衛兵の二の舞である。このオーク鬼たちは、騎士試合に慣れたメイジたちでは、荷が重いかもしれない。
 なにしろ。
 敵は攻撃力だけではなく、防御力も凄まじいのだ。
 アニエスも腰から短銃を引き抜き、銃撃戦を試みたのだが、弾はすべて鎧に弾かれてしまった。この距離から鎧と鎧の隙間を狙い撃てるほど、ハルケギニアの銃の精度は高くはない。銃で戦うにせよ剣で戦うにせよ、この攻撃をかいくぐって、なんとか接近しなければ......。
 アニエスが、そこまで考えた時。

「やめよ!」

 号令と共に、最後に鏡から出てきたのは、オーク鬼ではなかった。
 オーク鬼たちと同じような、しかし色だけは違う鎧に包まれた人物。黄金色に輝く鎧が示すとおり、オーク鬼たちを従えた主人である。

「......そこの女は、なかなか威勢が良い。器とする。生け捕りにせよ!」

「ふぎぃ!」

 オーク鬼たちが、アニエスに殺到する。
 さきほど『銃』だった武器は、棍棒としても使えるらしい。オーク鬼たちは、長い棒を振り回すが......。

「そちらから来てくれるのであれば......むしろ好都合!」

 アニエスの剣が舞う。
 
「んぐぃッ!?」

 血しぶきを上げて、ドゥッと倒れるオーク鬼。
 彼女は間一髪で敵の攻撃をかわしつつ、鎧と鎧の間を、的確に切り裂いているのだ。
 一匹、また一匹......。
 オーク鬼が、次々と倒れていく中。

「......面白い!」

 黄金の鎧の男が、アニエスに向かって足を進める。
 ......こいつがボスだ! こいつを倒せば終わりだ......。
 肩で息をしながらも、アニエスは、毅然とした態度で男を睨みつけた。

「きさま......何者だ!? ここをトリステインの王宮と知っての狼藉か!?」

 中腰で剣を構えて、見上げるように言うアニエスに対して。
 男は、余裕の口調で返す。

「私は......神! この世界の生き物たちを造り上げた、創造主である!」

「神だと!? ふざけるな!」

 ハルケギニアの民にとって、神とは、始祖ブリミルのみ。アニエスは新教徒の村の生まれであるが、新教徒とて、教義の解釈が違うだけで、信仰の対象は同じブリミルである。

「......異端め!」

 剣を下げ、逆袈裟斬りにするつもりで駆け出したアニエス。
 だが。

「......あ......あぁ......」

 男に迫る寸前で、その足は止まってしまう。
 ......男は、左手を彼女に向けていた。男の手を包む篭手には、赤い宝玉の装飾があり、それが淡い輝きを発した途端、アニエスは体が動かなくなったのだ。
 いや、体が動かないだけではない。

「......うぅ......」

 頭の中に霞みがかかったようになり、意識も遠くなり......。
 アニエスは気を失って、その場に崩れ落ちた。

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「どういうことなんだ、サイト!?」

 ド・オルニエールの屋敷にレイナールが怒鳴り込んで来たのは、その翌日のこと。

「なんだ、なんだ!?」

 まだトリスタニアでの事件など知らぬサイトには、レイナールの剣幕が理解できない。レイナールの後ろにはギーシュの姿も見えたが、彼も肩をすくめるだけ。
 サイトは、ようやく訪れた平穏を、自身の屋敷で楽しんでいるところだったのだ。もちろん、ルイズと共に、である。
 というわけで。

「『どういうこと』は、こっちのセリフよ! いきなり、ひとんちに上がり込んできて!」

 サイトとの時間を邪魔されたルイズの怒りが、エクスプロージョン。
 出迎えたサイトまで巻き込んで、客人二人が黒コゲになったところで。

「......失礼しますぞ」

 タイミングを見計らったのか、はたまた偶然か。遅れて部屋に入ってきたのは、魔法衛士隊の隊長、ド・ゼッサールだった。数名の部下も連れている。

「サイト殿、ちょっと地下室をあらためさせてもらいたい」

「......地下室?」

 むっくり起き上がりながら、サイトは煤だらけの顔に、怪訝な表情を浮かべた。
 続いて、同じく真っ黒なレイナールも跳ね起きて、

「そうだよ、サイト! 地下の鏡だ! 昨日あの鏡、使っただろう!?」

「はあ!? あんなもん、二度と使うわけないだろ!」

 思わず語気を強めながら、サイトは、チラッとルイズに視線を向ける。
 かつて鏡が引き起こした事件は、もう思い出したくもない話である。サイト自身が忘れてしまいたいだけでなく、ルイズにも思い出して欲しくない話であった。

「あら、サイト。久しぶりに......姫さまに会いたくなったわけ? それも、堂々と面会するんじゃなくて、こっそり秘密に......」

 やばい。ルイズの顔が恐くなってきた。二発目のエクスプロージョンを覚悟するサイトであったが、そこに助け舟が。

「......ああ、ルイズ。違うんだ、サイトではないのだよ」

 声の主は、ギーシュ。
 まあ、サイトを助けたというよりは、ここで魔法を放たれたら自分も巻き込まれる、という判断だったようだが......。
 ともかく、サイトとしては助かった。ここは話が昔話に流れぬよう、ギーシュに状況説明してもらうのが最善である。

「どういうことだ、俺じゃない、って?」

「うん。昨日、王宮に正体不明の一団がやってきてね......」

 鏡から出てきたオーク鬼の集団。それを率いていた謎の黄金鎧の男。連れ去られたアニエス......。
 王宮での事件を、淡々と語るギーシュ。それをド・ゼッサールが引き継ぐ。

「わしが駆けつけた時には、ちょうど、アニエス殿を抱きかかえた男が、鏡の中へ消えるところだったのだ。アニエス殿も奮戦したらしく、その場には、オーク鬼の死体もかなり転がっていたのだが......」

「なるほど。そういうわけですか......」

 ひとつ頷いてから、サイトはレイナールに視線を向けた。
 かつての鏡の事件の際、サイトの浮気相手は誰かという会話の中で、レイナールは『ア、アニエスさんじゃないだろうね?』と言ったんだっけ。

「......わかりました。俺たちは、もう長いこと地下には足を踏み入れてすらいませんが......。言葉だけじゃなんですし、どうぞ調べてください」

########################

 結局、地下の鏡が使われた形跡はないということで、ド・ゼッサール以下、魔法衛士隊の面々は帰っていった。
 しかし、ギーシュとレイナールは屋敷に残り、また、魔法衛士隊と入れ替わるように、話を聞いた仲間たちも駆けつけてきた。

「大丈夫だよ、レイナール。これほどの面々が集まったのだから」

 根拠の薄い慰めの言葉をかけるギーシュ。彼の隣にはモンモランシーもいる。またギーシュが何やら面倒ごとに巻き込まれるのではないか、と心配なようだ。

「そうだよ。ギーシュの言うとおりだ。元気出しなよ、レイナール」

 マリコルヌがギーシュの言葉に同意する。弱っている相手には調子に乗るタイプの彼であったが、今回は別にレイナールに非があるわけではないので、レイナールをいじめるような言動は一切なかった。
 ......いや。

「アニエスさんなら、悪い奴に襲われても、剣と銃で返り討ちにしちゃうさ。......あ、でも、武器を取り上げられて組み敷かれたら......さすがのアニエスさんでも......。うん、男勝りの麗人が、か弱い女性に変わる一瞬って、男心をくすぐるからなあ......」

 何やら妄想を口にすることで、意識してか無意識のうちにか、レイナールを責め立てていた。
 そんな彼の頭を、タバサの杖がゴツンと叩く。

「痛ッ! なにすんだよ!?」 

「ばかなこと言ってるあなたが悪いのね」

 無言で無表情の主人に代わって、ジト目を向けるはシルフィード。屋敷なので竜の姿ではなく、人間の格好である。

「ちょっと、静かにしなさいよ。あなたたちがそうやって騒いでたら、ジャンが話を始められないでしょう?」

「ミス・ツェルプストーのおっしゃるとおりです。ミスタ・コルベールのお話をうかがうために、わざわざこの部屋に集まったのではないですか」

 キュルケとシエスタの言葉で、一同の視線がコルベールへと向けられた。
 そんな中、サイト一人だけは、チラッと部屋の中央に目をやり、心の中で冷や汗をダラダラたらしていた。

(......よりによって、なんでここなんだよ......)

 ここは、屋敷に入ってすぐ左手にある応接間兼書斎ではなく、また、右手にある大きな食堂でもない。
 十畳ほどの地下室であった。
 部屋の中央には、天蓋つきの豪華ベッドがデンと置かれている。
 忘れもしない、かつて『浮気』の舞台となったベッドである。ここに来れば、生々しく蘇る記憶もあるのだが......。

(思い出したらいかん! 俺が思い出したら、きっとルイズも思い出す!)

 わけのわからぬ理屈で、記憶に蓋をしようと努めるサイト。
 こうしてサイト一人が焦っている間にも、コルベールがコホンと一つ咳払いをして、いよいよ話を始めようとしていた。

「諸君! これを見たまえ!」

 コルベールが指さしたのは、部屋の壁に設けられた大きな姿見。これがあるからこそ、一同は、この地下室に集まったのである。
 その鏡の横には今、王室から運ばれてきたもう一枚が、同じように並べられていた。コルベールは、両者を比較するように、

「よく見ると、二つの鏡には、明確な違いがありますぞ」

 そう。
 並べてみれば、一目瞭然であった。
 王宮の鏡は、屋敷のものとは異なり、縁の四辺に何やら装飾が施されていたのだ。

「......王さまのためのものだから、豪華にしてあった、ってこと?」

 素朴な意見を述べるルイズ。
 しかしコルベールは首を横に振り、

「いや、これは単なる飾りではない」

 言われて、一同は鏡に近づき、ジロジロと観察する。
 V字型のくぼみ――シェブロン――がズラリと並んでいる......ようにしか見えないのだが。

「ディテクト・マジックで綿密に調べたところ、これら『シェブロン』から、かすかな魔力が検知されたのだ。ただしその強弱は一定ではなく、特に七つの『シェブロン』の場所で、他よりも明らかに大きな魔力が検出された」

「それって......どういう意味です?」

 魔法に疎いサイトが尋ねた。
 メイジであるルイズたちにも見当がつかない、雲をつかむような話なのだが、コルベールは、すでに一応の仮説を組み上げていた。

「......私の考えでは、その七つの『シェブロン』が、この鏡のアドレスなのだと思う。サイトくんの屋敷の鏡が例外なのであって、本来、この鏡は『シェブロン』という固有アドレスがついたものなのではないか......と私は思うのだよ」

 つまり。
 ド・オルニエールの鏡は王宮にあった鏡の付属品でしかなく、だから王宮の鏡へ直結していた。しかし元々は、『シェブロン』を利用して様々な鏡へ『ゲート』を開くシステムだったのではないか......。

「......さまざまな鏡?」

 彼の仮説に異を唱えるかのように、タバサがポツリとつぶやいた。
 彼女の言わんとするところを、ルイズが察して、

「そうよ! そんなものがハルケギニアのあちこちに存在するなら、とっくに知れ渡ってるはずじゃないですか!?」

「そうだね。もしも『ハルケギニアのあちこちに存在する』ならば、ね」

 含みを持たせたコルベールの言葉に、今度はサイトがハッとした。

「まさか!? それじゃ、他の鏡は......異世界に存在する!?」

「いや、そうまで想像を広げる必要もあるまい」

 言いながら、コルベールは一同の前に、ハルケギニアの地図を広げた。

「......みなも知ってのとおり、我々がハルケギニアと呼ぶ世界は、だいたい、この地図の範囲内だ」

 地図に描かれた世界は、サイトの目から見れば、地球のヨーロッパに類似した世界。地球のヨーロッパは、広大なユーラシア大陸のほんの西端にすぎないわけだが......。

「......そうか。砂漠の向こうの世界......ロバ・アル・カリイエというわけですね」

 眼鏡をキラリと光らせながら、レイナールが静かに口を挟んだ。落ち込んだりもしたけど私は冷静です、ということらしい。さすがは魔法使いである。

「そのとおり!」

 我が意を得たり、という態度で叫ぶコルベール。
 ......『聖地』をエルフに押さえられていたこともあって、ハルケギニアの人々にとって『東の世界(ロバ・アル・カリイエ)』は、足を踏み入れることも難しい、謎の領域と化していた。『聖戦』が終わった今となっても、広大な砂漠が障害となっているため、東方まで出かけようとする者は少ない。

「......実は、例の一団が東から来たのではないか、という説に関しては、根拠もあってね。『魔法研究所(アカデミー)』からディテクト・マジックの達人を招いて調べたところ、この鏡から尾を引くように、魔法の痕跡が東へ向かって伸びていたのだ」

「では! 敵は東に......!」

 今すぐにでも敵陣に乗り込みたいという勢いで、レイナールが叫んだちょうどその時。

 ガタガタガタ......!

 問題の鏡が揺れ始めて、縁取りにある『シェブロン』が淡い光を発し始めた!

########################

 無数の『シェブロン』のうち、発光しているのは、ごく一部である。
 それも、同時に光り始めたわけではなく。
 一つ、また一つ......。
 そして、七つ目の『シェブロン』が輝くと同時に。

 ゴウッ!

 まるで水が溢れるかのような音と共に、鏡面が眩しく光り出す!

「来るぞ!」

 叫んでデルフリンガーを構えるサイトの目の前で、今。
 鎧を来たオーク鬼たちと、その主である黄金鎧の男が、鏡の中から現れた。

########################

「ふぎぃ! ぴぎっ! あぎっ! んぐぃぃいいいいいッ!」

 オーク鬼たちが手にした武器から、強力無比な魔光が放たれる。

「みんな! あれに当たっちゃダメなのね!」

「......わかってる。大丈夫」

 無駄に騒ぎ立てるシルフィードと、彼女を落ち着かせるタバサ。
 タバサの『氷の矢』は、大部分は鋼鉄の鎧で弾かれているが、それでも一部は鎧の隙間からオーク鬼に突き刺さり、敵を仕留めていた。

「私の『ウォーター・シールド』が効かない!?」

「僕の『風』も通用しないよ!?」

「うーむ。自慢のワルキューレたちも、連中の前では、まるで紙人形だね」

 困惑するモンモランシーやマリコルヌの前で、同様にお手上げのギーシュ。彼ら三人は、いきなり脱落のようである。

「燃やせばいいのよ!」

「炎自体は鎧に弾かれようと、その高熱までは防げぬようだな!」

 キュルケとコルベールの火炎カップルは、善戦していた。
 鎧で守られたオーク鬼を燃やしつくすことは出来ないが、鋼鉄の鎧は、炎の熱さを伝導してしまうのだ。オーク鬼たちは、ちょうど蒸し焼き状態で、バタバタと倒れていく。

「相棒! 娘っ子たちから離れるな!」

「わかってるさ! でも......」

 サイトは、ルイズとシエスタをかばいながら、剣を振るっていた。
 デルフリンガーに言われたとおり、主人を守る使い魔としては、この場をキープするのが定石である。
 しかしサイトは、レイナールのことが気になってしまうのだ。
 なにしろ......。

「アニエスさんを返せ!」

 敵のボスらしき黄金鎧の男に、無謀にも、単身で向かっていくレイナール。その鬼気迫る姿からは、日頃の冷静さなど、微塵も感じられなかった。

「その意気や良し! だが、神に逆らうとは、愚か者の極み......」

 ギンッ! 

 男の両目が、不気味に光った。
 左手をレイナールに向けると、篭手の宝玉が赤い輝きを発する。

「......あ......あぁ......」

 男に迫る寸前で、レイナールの足は止まってしまった。
 レイナールは知らないが、ここまではアニエスの時と同じである。ただし、その先は少し違っていた。

「......愚か者の末路は、死あるのみ、と知れ!」

 男の言葉と共に、宝玉の輝きが増す。

「......うぅ......うわぁぁぁっ!」

 レイナールは、強烈な頭痛に襲われ、膝をついた。
 まるで頭の中を直接かき回されているかのような感覚......!

「レイナール!」

「行きなさい、サイト!」

 叫ぶサイトに向かって、ルイズが命じた。
 一瞬、彼はルイズに目を向ける。彼女の瞳に「私は大丈夫だから」という言葉を認めた彼は、小さく頷いてから、レイナール救出へ。

「うおおおお」

 左手のルーンを輝かせ、サイトは走る。
 群がるオーク鬼たちを斬り倒しながら、神を自称する男に迫るが......。

「フン!」

 男は、レイナールに向けていた左手を、サイトへ。
 それだけで、サイトも動けなくなってしまった。

「そこの男より先に、貴様が死にたいのか! 愚か者め!」

「ぐわあああ!?」

 赤い宝玉の光が強まり、苦悶の声を上げるサイト。
 ガクリと崩れ落ち、体も『く』の字に曲げていた。
 しかし。

 ボワッ!

「何!?」

 まったく予期していなかったところからの一撃に、男は思わずよろめいた。

「愚か者はあんたよ!」

 ルイズのエクスプロージョンである。
 サイトを救うための一撃は、黄金鎧の男にピンポイントで直撃。篭手の赤い宝玉を、見事に砕いていた。

「助かったよ、ルイズ!」

 立ち上がったサイトは、剣を一閃。

 キンッ!

 黄金鎧が大きく裂け、男の胸からは、血が一筋、流れ落ちた。

「神の体にキズをつけるとは! 不届き者め!」

 怒りの形相を浮かべる男であったが、すぐに冷静さを取り戻す。この場は不利と判断したようで、

「退くぞ! 神は退き時も誤らぬのだ!」

 生き残ったオーク鬼たちを引き連れて、鏡の中へと消えていく。
 ......深追いは禁物である。ひとまず戦いが終わって、一同がホッとする中。

「......待て......! アニエスさんはどこだ......!」

 レイナールは一人、彼らを追うように、鏡に飛び込んでしまった。

「あっ! レイナール!」

 これにパッと反応したのが、ガンダールヴであるサイト。手を伸ばしたがレイナールには届かず、そのまま鏡に引きずり込まれてしまう。

「サイト!?」

 こうなっては、ルイズも放ってはおけない。サイトを追って鏡の中へ。
 さらに、

「ほら、おちび! 私たちも行くのね! 桃髪ぺったら娘におくれをとってはダメなのね!」

「待ちたまえ、君たち! 鏡の向こうから戻ってくる手段が、まだ確立していない以上......」

 コルベールの制止も聞かず、タバサとシルフィードもルイズに続いた。
 二人の姿も、光る鏡へと消えていく。
 そして。

「それじゃ、私も! サイトさーん!」

 叫んで駆け出したシエスタは、しかし鏡の中へは入れなかった。
 ゴツンと硬い音を立てて、鏡面にぶつかるだけ。
 見れば、いつにまにか、鏡は光を発するのを止め、ただの普通の姿見に戻っていた。

「......どうやら......『ゲート』としての効果が、時間切れになったようだね。もう一度開くためには、仕組みを解明しないと......」

 つぶやくコルベールの声が、はたして聞こえていたのかどうか。
 残された者たちは、友人たちが飛び込んだ鏡を、ただ茫然と見つめるだけであった。

########################

「たしか前にも、こういうのあったよなあ」

「姫さまに逆らって、お城の牢屋に幽閉された時のこと? あの時と今とじゃ、状況が全く違うわよ、サイト」

 サイトたちは今、まとめて大きな牢獄に捕えられていた。
 鏡のゲートを出た先には、武装したオーク鬼の集団が待ち構えており、サイトたちは降参するしかなかったのである。
 かつてアルビオンでの戦いでは七万の大軍に立ち向かったサイトであったが、あれは一人だったからこそ出来たこと。今回はルイズやタバサたちも一緒なのだから、彼女たちの身の安全を考えて、おとなしく武器を捨てた方がいい......というデルフリンガーのアドバイスに従ったわけである。
 ちなみに、そのデルフリンガーとは離れ離れになっている。ルイズたちメイジの杖と共に、取り上げられてしまったのだ。

「......でもよ。ここもパッと見た感じ、トリステインの牢屋と同じだぜ」

「全然違うわよ! こんな汚いところ!」

 ルイズに言われて、サイトは、あらためて牢を見回した。 
 広さは、ちょうど、ド・オルニエールの地下室と同じくらい。窓と扉には太い鉄格子がはまり込み、分厚い扉の外には、例の長棒武器を担いだオーク鬼が二匹立っている。

「そういえば、あの時とは顔ぶれもずいぶん違うな」

 今さらのようにつぶやくサイト。
 トリステインの王宮で投獄された時は、ギーシュとマリコルヌ、それに後からルイズが加わった形だったが、そのメンバーの中で、今ここにいるのはルイズだけ。他のメンツは、レイナール、タバサ、シルフィードである。
 鏡に飛び込んだ際にはテンション高く勇ましかったレイナールも、今はガックリと肩を落としていた。こうして敵の城まで乗り込んできたものの、アニエスを助け出すどころか、彼女と顔をあわせることすら出来ていないのだ。
 タバサはいつもどおりの無表情で、黙って座り込んでいる。無駄に体力を浪費せず、今は機をうかがうのみ、ということらしい。
 そして、タバサの使い魔であるシルフィードは......。

「なんとかしなさいよ、バカ竜」

「バカ竜じゃないのね。韻竜なのね」

 なにやら、ルイズと言い争いをしていた。

「どっちだっていいわよ! あんた、タバサの使い魔でしょ。タバサも一緒に捕まっちゃったんだし、御主人様をここから助け出すのは、あんたの仕事よ!」

「......? そういうことは、自分の使い魔に言って欲しいのね!」

「サイトは武器がないと役立たずなの!」

 御世辞にも優しいとは言えない視線が、サイトに突き刺さる。サイトは、ポンと一つ、手を打って、

「そうか! メイジと違って、韻竜のシルフィードなら、杖なしでも魔法が使えるわけか!」

 頷くルイズ。しかしシルフィードは首を横に振る。

「ここでは先住の魔法は使えないのね......。変化を解くことすら出来ないみたい。きゅい」

「使えない......って、どういうこと?」

「私にもよくわからないけど......」

「ここは『精霊の力』が及ばない地域......ってことかしら?」

 シルフィードとルイズの会話を聞きながら、サイトはふと、かつてのデルフリンガーの言葉を思い出していた。
 ......かつてビダーシャルと戦った際、デルフリンガーは言ったのだ、『あのエルフ、この城中の「精霊の力」と契約しやがったな』と。
 エルフや韻竜などが使う先住魔法は、その場の精霊と契約した上で振るわれる力。ならば、初めて訪れたここで、それが使えないのも理屈としてはわかるような気がするのだが......。
 ......あれ? でも、その後に他のエルフたちが使った魔法は、場所を選ばぬようにも見えたし。それに、シルフィードの変化の術も先住魔法のはずだが、行く先々で風と契約し直しているとは思えないし......。

「......ま、細かいこと考えてもしょうがないか......」

 難しく考えるのをやめて、サイトがポツリとつぶやいた時。
 タバサが、そのおとなしい口を開いた。

「......誰か来る」

 言われて、耳をすます一同。
 確かに、鎧を纏った何者かの、重厚な足音が、彼らの牢に近づきつつあった。
 やがて。

「ぶひっ!」

「ぴぎっ! あぎっ!」

 オーク鬼たちの会話に続いて、見張り番をしていた二匹が立ち去る音。
 そして、一匹のオーク鬼が、扉の鉄格子の間から顔をのぞかせる。

「......あいつは!」

 それは、サイトには見覚えのあるオーク鬼だった。
 いや、人間であるサイトに、オーク鬼の個体識別など困難な話であるが、それでも彼は直感的に悟ったのである。
 ......ド・オルニエールの屋敷で戦ったオーク鬼たちの中に、一匹、特に手ごわい奴がいた。それが、今この牢を訪れたオーク鬼なのだ、と......。

「ぶひ! ぶひぶひぶひ!」

 サイトが扉に近づくと、オーク鬼は何やら騒ぎ始めた。どうやらサイトの左手のルーンを見て興奮しているようだが、オーク鬼の言葉など、サイトにわかるはずもない。
 しかし。

「......おまえも俺と同じだ、って言ってるのね。きゅい」

「シルフィード!? おまえ、こいつが言ってること、わかるのか!?」

 振り返るサイト。シルフィードは頷きながら、彼のもとへ歩み寄り、

「きゅい。なんとなく......だけど......」

 そしてオーク鬼に向かって、

「ほら、あなた。あなたも見せるのね」

「ふぎぃっ!」

 シルフィードに促されて、オーク鬼は、鎧とつながる兜の上部を、少し後ろにずらしてみせた。
 あらわになったその額には、何やら金色の刻印が。

「使い魔のルーン!?」

「......違うわね。ルーンの文字じゃないわ」

 いつのまにか隣に来ていたルイズの言葉で、サイトは、己の左手に視線を落とす。
 サイトのルーンは主に直線で構成されているが、オーク鬼の額にある刻印は、曲線中心で描かれている。

「......ま、でも、使い魔みたいなもんなんでしょうね。シルフィードと言葉が通じるのも、使い魔どうしの会話......ってことでしょ?」

「きゅい」

 ルイズの問いかけに、今度はシルフィードも頷いた。

########################

 彼ら武装オーク鬼たちは、『神の一族』に仕える者たちである。そもそも亜人と呼ばれる存在は、大昔に『神の一族』の手により、人間をベースに造り上げられた存在なのだ、という。

「嘘くさい話だわ......」

「真偽のほどはともかくとして、彼らがそう信じ込まされているのは、確かなのね。きゅい」

 ただし。
 オーク鬼たちの中にも、少数ではあるが、『神の一族』に疑問を抱く者がいる。自分たちは『神』に騙されて、不当に奴隷のように扱われている......と感じる者たちだ。
 彼らは『神』から解放される日を夢見て、決起の時が来るまで、真意を隠したまま、やむを得ず『神』に従っているのだ......。

「おまえも、そのひとりなのか?」

「ぶふぉっ! ぶふぉっ!」

 サイトの言葉に、オーク鬼は力強く頷いた。そんな亜人に、レイナールが詰め寄る。

「そんなことより! アニエスさんは!? アニエスさんは、どうなってるんだ!?」

 聞かれて、オーク鬼は素直に説明し、これまたシルフィードが通訳する。
 ......『神の一族』が鏡を通して軍隊を派遣し、人間たちをさらってくる理由は、主に二つ。『神』の後継者を造るため、そして、新たな亜人を開発するため、である。
 今回は前者であり、アニエスは、既に『神の一族』にされてしまった。
 これで遠征の目的は完了したということで、一応キープしておいたルイズたちは、もう用済み。処刑命令が下されたので、そろそろ、オーク鬼の一団がここに来るはず......。

「......アニエスさんが......神の一族に......された......?」

 愕然とするレイナールであったが、彼のつぶやきは、ルイズの叫びでかき消される。

「処刑命令ですって!? ......ちょっと! そういう大事なことは一番最初に言いなさいよ!」

 同時に。

 ザッザッザッ......。

 整然とした足音が聞こえてくる。
 ......処刑部隊が迫っているのだ!
 サイトは鉄格子を握りしめ、扉の向こうのオーク鬼に懇願する。

「なら、俺たちをここから出してくれ! オーク鬼たちの解放に、俺たちも協力するから!」

「ふぎっ! ぶひ!」

「きゅい! ......『同じようなことを言う連中は、今までにもいた。でもそれを信じる気になれたのは、これが初めてだ』って言ってるのね!」

 シルフィードが通訳している間に。
 当のオーク鬼は、すでに扉の鍵を開けていた。

########################

「相棒! 待ちわびたぜ!」

 サイトのデルフリンガーや、ルイズたちメイジの杖は、すぐ近くの小部屋に保管されていた。
 仲間となったオーク鬼の案内で、ようやく武器を取り戻したサイトたち。
 小部屋から出た彼らの前に、牢屋へ向かっていたはずの処刑部隊が!

「ぶふぃ! ぶひひっ!」

「この城にいるのは『神』の忠実なしもべばかり。説得は無理だ、倒すしかない......って言ってるのね!」

 先住魔法が使えないため、すっかり解説役のシルフィード。
 一方、杖を取り戻したメイジたちは、大暴れ。
 ルイズのエクスプロージョンが、タバサの氷が、迫り来るオーク鬼の群れに炸裂する!
 そんな乱戦の中。

「アニエスさんは!?」

「今頃『鏡の間』へ向かってるはずだって。きゅい」

 レイナールは仲間のオーク鬼に問いかけ、これもシルフィードが律儀に通訳する。
 ......この城は、たくさんある『神』の砦の一つに過ぎない。『神』は、新たに一族に加わったアニエスを連れて、別の城へ移動するであろう......。

「ちょうどいいじゃん!」

 オーク鬼と斬り合いながら、サイトが叫ぶ。

「その『鏡の間』ってとこにいけば、あの鏡があるんだろ? じゃあ、そこからトリステインにも戻れるんじゃね?」

「そうね! 行きましょう、『鏡の間』へ!」

 ルイズの号令で。
 群がるオーク鬼を蹴散らしながら、彼らは一路、『鏡の間』を目ざす......。

########################

 重厚な鉄の扉をぶち破り、灰色の石造りの部屋に飛び込んだ一同。
 彼らの目に入ってきたのは、部屋の中央で燦々と輝く鏡と、そこに消えていく『神』の後ろ姿だった。

「アニエスさん!」

 レイナールが叫ぶ。
 ちょうど『神』に続いて、アニエスも鏡に入ろうとしていたのだ。
 ......いつものアニエスとは違う。男装の麗人のようなサーコートと鎖帷子ではなく、純白のドレスに、ジャラジャラと金の装飾。色とりどりの宝石がはめ込まれた銀色のティアラを頭にかぶっており、まるで女王のよう格好だった。
 いや、格好だけではない。その歩き方にも、どこか高貴な雰囲気を漂わせている。そのくせ、振り向いた彼女の瞳はなんだか虚ろで、まるで彼女自身の意志などないかのような......。

「......だから言ったのね。もう彼女は『神の一族』になってしまった、って。きゅい」

「そんな馬鹿な!? アニエスさぁぁぁんっ!」

 しかしアニエスは、つまらないものでも見たかのように、サッと前に向き直り......。
 彼女の姿も、鏡の中へ消えていく。
 直後、鏡は光を発するのを止めていた。『ゲート』が閉じられてしまったのだ。

「......く......!」

「落ち込んでる暇はないよ、レイナール。俺たちも行こう!」

「相棒の言うとおりだな。ここでモタモタしてたら、追っ手がくるぜ」

 そう。
 ここは敵の城なのである。サイトたちが牢から逃げ出したことは既に知れ渡っているはずであり、武装オーク鬼たちが彼らを探しているのは確実だった。

「......鏡の使い方は?」

 冷静につぶやくタバサ。
 あの『神』とアニエスのあとを追いたくても、鏡を『ゲート』に出来なければ、どうしようもない。
 しかし。

「彼が使えるって言ってるのね!」

「ぶひ!」

 仲間のオーク鬼が、鎧の隙間から、小さな四角い箱を取り出した。
 鏡を操作するためのマジックアイテムである。『神』の忠実なしもべを演じてきた彼は、それなりに信頼も厚く、こうした道具を持たされていたらしい。

「それならば......」

 うつむいていたレイナールが、ガバッと顔を上げるが、

「......でも『神』の行き先はわからない、って。ここみたいな、別荘みたいな城はたくさんあるし、今後の予定は聞かされていなかった、って。きゅい」

 シルフィードの言葉で、再び顔を落とす。
 その肩に、サイトが優しく手を置いた。

「まあ、いいじゃないか。とりあえずトリステインに戻ろうぜ。アニエスさん奪還作戦は、それからだ」

 続いて、仲間のオーク鬼に向かって、

「......トリステインの鏡のアドレスはわかるんだよな? おまえも、あの時に来た一人なわけだし......」

「ぶひ!」

 大きく頷いたオーク鬼は、早速、マジックアイテムを操作し始める。彼がスイッチを押す度に、鏡の周りの『シェブロン』が、一つずつ発光していく。

「よかったな、ルイズ。これでルイズに無理をさせないですむよ」

「......へ? どういう意味よ、サイト?」

「だって、ほら。鏡の『ゲート』が使えなかったら、トリステインに戻るには、ルイズの魔法しかないじゃん。......ここは東方なんだし、『瞬間移動(テレポート)』でさ、ひたすら西へ西へと向かえば、いつかはトリステインに着くんだろ?」

「相棒......そりゃ文字どおり無理な話だ......。娘っ子の精神力が保たねーぜ」

 呆れる一同の前で。
 ちょうど鏡面全体が輝き、『ゲート』が通じるところだった。

########################

 こうして。
 アニエス救出こそ失敗したものの、サイトたちは無事生還。鏡の『ゲート』を操ることも可能となった。
 トリステインの王宮では、『神の一族』の侵略に対抗する策が色々と議論され......。
 ド・オルニエールの屋敷の地下に、秘密の機関が設置されることとなった。
 通称『ミラーゲイトコマンド』。主なメンバーは、サイトの仲間たち。
 若者たちは、MGチームと呼ばれるいくつかの小隊に別れて、鏡の『ゲート』をくぐり、未知の土地へと旅立つのである!
 フラグシップ・チームであるMG-1のリーダーは、当然のようにサイト。MG-2は、ギーシュが率いることとなった。
 そして、アニエス奪還に燃えるレイナールは......。

「僕も行かせてください!」

「ダメだ。水精霊騎士隊は解散したわけではないからね。隊長と副隊長がこちらの活動にかかりきりになる以上、しっかりものの君には残ってもらわないと......」

 レイナールの言葉を却下するのは、司令官の席に座ったコルベール。若者だけに秘密機関を任せるわけにはいかないということで、彼が長官として選ばれていた。
 なお、彼の机の上には、通信用の赤いマジックアイテムも置かれている。アンリエッタ女王との直通ホットラインである。

「わかっていると思うが、ここでの活動は極秘事項なのだよ。表向きは、水精霊騎士隊も今までどおり。だから、主要メンバーの多くが頻繁にトリステインからいなくなるというのは、ちょっと......」

「しかし! アニエスさんがさらわれたんです! サイトやギーシュに任せて、僕だけ黙って待ってなんていられません!」

 色々と押し問答やら何やらあって。
 結局、レイナールはMG-1の一員となった。
 こうして......。

########################

「シェブロン1、発光。シェブロン2、発光。シェブロン3......」

 屋敷の地下室で、キュルケがパネルを操作する。
 仲間となったオーク鬼が持ってきたマジックアイテムを、コルベールの研究技術と魔法技術により、複製したものである。
 最低でも、出発チームにそれぞれ一つ、そしてこの部屋に一つは必要なのだが、まだ完成した数は少ない。そのため、鏡をくぐっていけるチームの数も、まだ限られていた。
 キュルケの隣には、タバサも控えている。彼女たちは、現在はMGチームではなく、本部の守備隊に配属されているのだ。だが、操作装置量産の暁には、それぞれチームを率いて旅立つことになるかもしれない。

「......シェブロン7、完了!」

 七色の光を発して、今、新たな世界への通路が開かれた。

「じゃ、行くか!」

「なんであんたが仕切ってんのよ!」

「いいじゃないか。サイトが隊長なんだし」

「グルルル......」

 サイト、ルイズ、レイナール、名無しのオーク鬼が、同時に『ゲート』をくぐる。

 東の世界(ロバ・アル・カリイエ)。
 それは、ハルケギニアの人々に残された、最後の開拓地である。
 そこには、人々の想像を絶する技術や、新しい出会いが待ち受けているに違いない。

 迫り来る『神』と戦うための、技術や人材を求めて......。
 冒険の旅は、まだ始まったばかりである!




(「ミラーゲイト MG-1: 神の使い魔たち」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年10月])

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『アメイジング・モグラ男!』

「へえ。綺麗なところね」

 丘から見下ろす湖の青は眩しかった。陽光を受けて、湖面がキラキラとガラスの粉をまいたように瞬いている。
 モンモランシーは今、恋人のギーシュと二人だけで、小さな湖のある森まで遠乗りに来ていた。
 ギーシュは、服装のセンスは悪いし、美辞麗句のボキャブラリーも貧困である。しかし、こうして穴場的なデートスポットに連れて来てくれるのだから、悪い恋人ではない。もちろんここも『水の精霊』で名高いラグドリアン湖にはかなわないが、それでも、なかなか素敵な景色である......。
 こうした内心の感動を、モンモランシーは、敢えて口には出さなかった。せっかくギーシュが彼女のために見つけてきたであろうデートスポットを、他の名勝と比較するのは、デリカシーにかける行為だと思ったからだ。
 彼女が少しうっとりとした視線をギーシュに向けると、彼は、キザな仕草の似合う笑顔で応える。

「そうだろう? この場所は、ケティも喜んでいたからね。きっと君も気に入ってくれると思っていたよ」

 途端。
 モンモランシーの表情が変わった。

「......信じらんないわ......。他の女とデートした場所に連れて来て、しかもそれを堂々と口にするだなんて......」

「......あ。......それは......その......下見みたいなもので......。いいかい、僕は君への永久の奉仕者だよ! 僕の心の中に住んでいるのは君だけ......」

 失言に気づいたギーシュの顔には、冷や汗が一滴。

「だーれーがー永久の奉仕者よ! そんなこと言っても、誤摩化されないわよ!」

 モンモランシーは、思いっきりギーシュの頬を引っぱたいた。
 その勢いで馬から落ちたギーシュは、さらに言い訳を続けている。

「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

「......怒ってるんじゃないわ。呆れてるのよ。いつもそうやって、あなたは口ばっかり......」

 その時。

「きゃああああああああっ!」

 遠くから聞こえてきた悲鳴。
 音がする方に振り返れば......。
 湖の真ん中で、子供がひとり溺れている!

「大変だわ! ギーシュ、どうしま......」

 たった今まで喧嘩していたことも忘れて、恋人へと顔を向けるモンモランシー。
 しかし。

「......あら?」

 馬の陰に転がっていたはずのギーシュがいない。
 キョロキョロと辺りを見回すが、どこにも見当たらない。

「もう! また消えちゃって!」

 プンプンするモンモランシー。
 そう、デートの途中で突然ギーシュが姿を消すのは、これが初めてではないのだ。

「どうせまた別の女の子に目移りしたんでしょ!?」

 そう思って見渡しても、ここは大自然のど真ん中。視界に入る者は、湖で溺れる子供一人......。
 いや!

「あれは!?」

 湖岸の土が突然ボコッと盛り上がり、地中から飛び出して来たのは、まっ茶色な人影。
 土で作ったスーツのようなものを身にまとい、モグラのような黒い爪を光らせた、その人物の名は......。

「モグラ男だわ! モグラ男が来てくれたのね!」

 目をキラキラ輝かせて、モンモランシーが叫んだ。
 どこの誰なのか正体までは知らないけれど、スーパーヒーローだということは、誰もがみんな知っている。
 今トリステインで話題のニューヒーロー、モグラ男!
 その名のとおり、驚異的なスピードで地中を掘り進めるモグラ男であるが、彼の特殊能力は、それだけではない。
 爪の間から、土が飛び出すのだ!
 地面を掘った時に出てくる土を、己の爪に収納しているらしい。しかも、爪から飛び出した『土』は、『錬金』で様々な素材に変化可能!
 実際に今、それは金属のように硬いロープとなって、溺れる子供を湖から救い上げていた。
 助けられた子供はペコペコと頭を下げ、モグラ男は軽く手を振って、再び地中へと消えていく。

「素敵だわ! モグラ男さま......」

 うっとりと、しばらく放心していたモンモランシーの耳に、

「おーい!」

 ギーシュの声が聞こえてきた。

「いやあ。馬から落ちた勢いで、丘の下まで転がり落ちちゃって......」

 頭をかきながら、登ってくるギーシュ。

「嘘ばっかり! 落ちた直後は、私と普通にしゃべってたじゃないの!」

「いや、だからバタバタしているうちに、コロコロと......。それより、湖で溺れてた子供は?」

 ギーシュの言葉に、モンモランシーはパッと顔を明るくする。

「それなら、モグラ男が来て、助けてくれたわ!」

「モグラ男が!?」

「そうよ! ああいうのをヒーローって言うのよね。あなたとは大違いだわ」

 その存在が広く知れ渡っているモグラ男であるが、彼がトリステインに現れたのは、つい最近である。
 実は、モグラ男が誕生したのは、今から少し前の出来事......。





   アメイジング・モグラ男!





「ま、参った」

 戦意を喪失し、震える声で言うギーシュ。
 周りでは、見物していた連中が何やら騒いでいるが、ギーシュの耳には届かない。
 基本的にはクヨクヨしない、引きずらないタイプであるが、さすがに今回はショックだった。なんとギーシュは、平民と決闘して、負けてしまったのだから。
 そもそも決闘の原因は、ギーシュの二股発覚だったので、これでギーシュは、恋人も名誉も何もかも失った気分だ。一人広場に残された彼のもとへ、使い魔の巨大モグラが擦り寄ってくる。

「ああ、僕の可愛いヴェルダンデ。僕に残されたのは、もう君だけだよ」

 涙を流しながら、彼は巨大モグラを抱きしめた。

########################

 頭カラッポで単なるキザ野郎だと思われがちのギーシュ。しかし彼とて、それなりの努力家ではある。
 男の美学を貫き、見栄を張るためには、メイジとしての腕前も必要......。それくらい、彼にもわかっているのだ。
 ただし、努力しているところを他人に見せるのはカッコ良くない。それは彼の美学に反する。だから彼は、いつも人知れず修業をしていた。
 そんなわけで。

「......この土を使って修業しろ、というのかね?」

 ギーシュは今、魔法学院の敷地の片隅で、使い魔ヴェルダンデと向き合っていた。
 彼の目の前には、どこからかヴェルダンデが掘り出してきた土が、小山のように盛られている。

「なるほど......。土魔法の......特に僕の魔法の基本は『錬金』だ。ドットメイジである僕も、『錬金』さえ極めれば、トライアングルにだってスクウェアにだって、いや平民にだって勝てるということか!」

 主人に意図が伝わり、巨大モグラは、モグモグモグと嬉しそうに鼻をひくつかせる。

「わかった! ならば、君はドンドン土を持って来てくれたまえ!」

 また土を掘りに、ヴェルダンデが去った後。
 ギーシュは一人、『錬金』の修業をしていたわけだが......。
 しばらくして。

「おや?」

 たった今『錬金』をかけた土山が、モゾモゾと動き出し、中から一匹のモグラが飛び出してきた!
 ヴェルダンデのようなジャイアントモールではない。大きさは、手のひら程度。
 どうやら、土の中で昼寝をしていたら、土と一緒に運ばれて来てしまったらしい。しかもギーシュの『錬金』をかけられたせいで、体の左半分が青銅化している!
 生き物であるモグラまで『錬金』してしまうとは、これはこれで凄いことなのだが、勝手に青銅化されたモグラは、猛烈に怒っていた。

「うわっ!?」

 飛びかかってきた変異モグラの一撃を、ギーシュは避けられない。

「痛っ!」

 青銅化した爪で、両手を引っかかれてしまう!

「く......! 平民どころか、モグラにも負けてしまうというのか!?」

 そうはいかない。今こそ修業の成果を発揮する時!

「行け! ノイエ・ワルキューレたち!」

 デザインが若干モグラっぽくなった青銅ゴーレム『ノイエ・ワルキューレ』を作り出し、応戦するギーシュ。
 一進一退の攻防がしばらく続いたが、さすがの変異モグラも、七体の青銅ゴーレムにはかなわない。結局モグラは、尻尾を巻いて逃げていく。
 ちょうどそこに、ヴェルダンデが戻って来た。

「勝った......。勝ったぞ、ヴェルダンデ!」

 自信を取り戻し、ギーシュは、巨大モグラをヒシッと抱きしめる。
 こうして。
 とりあえず本日の修業は終わりにしたのだが......。

########################

「なんだこりゃあああああああ!?」

 翌朝。
 目が覚めたギーシュは、自分の両手を見て、驚きの声を上げていた。
 右も左も茶色く腫れ上がり、二倍くらいのサイズになっているのだ。爪も黒く変色して、なんだか硬くなっている。

「まさか......昨日のモグラか!?」

 引っかかれた傷から、何か悪いものでも入ってきたのだろうか。普通のモグラの爪に毒などないはずだが、なにしろあのモグラは、一部が青銅化した特殊なモグラ。何が起こっても不思議ではない。

「こんな手では......人前に出られないじゃないか!」

 ガックリと跪き、両手を床につけるギーシュ。すると、その手は、無意識のうちの床を掘ってしまう。

「これじゃまるでモグラだ。......ああヴェルダンデ、僕もジャイアントモールになってしまったよ......」

 外の庭にいるはずの使い魔に、心の中で呼びかける。
 何とか気持ちを落ち着かせて、衣装棚から、このモグラハンドに似合う服装を探してみた。
 ......あるわけがない。

「ふむ。困ったな......」

 とりあえず、今日は一日、授業を休むことにした。

########################

 そして、夕方。
 部屋から一歩も出ず、しっかりと両手を隠すように、布団をかぶってベッドに横になっていると......。

 トン、トン。

 扉がノックされて、ギーシュは首だけを布団から出す。

「誰だい?」

「私よ。モンモランシーよ」

「モンモランシー!?」

 飛び起きるギーシュだったが、自分の手を見てハッとする。
 いけない。こんな姿、モンモランシーに見せられない!
 再びベッドに潜り込み、

「な......何かな? 何の用事だい?」

「別に用事ってほどでもないけど......とりあえず、扉を開けてくれないかしら?」

 しかし扉まで歩いていって開けたら、モンモランシーに、このモグラハンドを見られてしまう。
 だからギーシュは横になったまま、布団の中で杖を振り、『アンロック』でドアの鍵を開けた。
 本当ならば学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは、重大な校則違反なのだが、自分の部屋ならばかまわないだろう、と勝手に判断したのだ。

「......授業を休むどころか、食堂にも顔出さないから、ちょっと心配になって......」

 言いながら入ってきたモンモランシーは、ベッドで寝ているギーシュを見て、

「ギーシュ!? あなた、大丈夫!?」

「ああ、うん。ちょっと気分がすぐれないだけだから......少し横になっていれば、良くなると思う」

「もう! 体調が悪いなら悪いで、私に言ってよね! 私は『水』の使い手、癒さなくっちゃ気がすまないモンモランシーよ! 忘れたの!?」

「いや、忘れるわけないさ。ただ......あまり君に心配かけたくなくてね」

「はあ......。まったく。決闘に負けて落ち込んでるだけかと思ったら、具合まで悪くしちゃって......。様子を見に来てよかったわ」

 ブツブツ文句を言いながら、『治癒(ヒーリング)』の呪文をかけてくれるモンモランシー。
 普通の体調不良ではないのだから、たぶんこの程度では治らないのだろうな、と思いつつ。
 ギーシュは、彼女の優しさに感謝するのであった。

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「おお!?」

 翌朝。
 ギーシュは、歓喜の声を上げていた。
 一晩寝たら、手の腫れが引き、元どおりになっていたのだ。

「これも、モンモランシーの『治癒(ヒーリング)』のおかげだな!」

 そんなはずはないのだが、口に出してみると、そんな気もしてきた。
 まあ、どうして治ったのか、それはこの際どうでもいい。大切なのは、普通の人間に戻れたこと。
 そして......モンモランシーと仲直り出来たこと!

「彼女が来てくれたのは、一日、ベッドに臥せっていたから。そう考えれば、あの変異モグラは、縁結びのモグラだったのかもしれないな!」

 嬉しくて飛び跳ねるギーシュ。
 だが。

「痛っ!」

 軽く跳んだだけなのに、思いっきり天井に頭をぶつけてしまった。
 へんだな、と思いながら、あらためて体を動かしてみる。
 すると......。
 体が羽のように軽い。まるで飛べそうだ。
 いや、軽いだけじゃない。重いものを持っても、全然平気。
 スピードだけじゃなく、パワーまでアップしている!?

「どういうことなんだ......これは......」

 そう。
 元どおりになったのは、外見だけ。
 変異モグラに引っかかれたことで、ギーシュは、驚異的な身体能力を獲得していたのだ!

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 ギーシュは目立つことが好きだ。
 このスーパーパワーを披露したら、さぞや注目が集まることだろう。

「でも......これは僕の好きな『目立つ』とは、ちょっと違う気がする......」

 そう思って、このことは誰にも秘密と決めて、平凡な学院生活を続けるギーシュ。
 二股発覚騒動以来、モンモランシーとの仲を険悪にするような事件も起こらず......。
 虚無の曜日である今日。
 ギーシュはトリスタニアの城下町で、モンモランシーとのデートを楽しんでいた。

「ほら、ここよ!」

「わっ、そんなに引っぱらないでくれ」

 モンモランシーは目を輝かせて、彼と腕を組んだまま、一軒のお店へと急ぐ。
 二人が入っていったのは、ピエモンの秘薬屋。
 店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。壁や棚に、所狭しと瓶や壷が乱雑に並べられ、色とりどりの液体や粉が入っている。

「ふむ。あまり僕は使わないからわからないのだが......」

「いいわねえ......これ......」

 モンモランシーは、うっとりとした視線で、瓶の中の怪しげな色の液体を見つめていた。
 秘薬とは、特定の魔法を使う時に使用する触媒である。土系統のメイジであるギーシュには縁が薄くても、水メイジであり『香水』のモンモランシーと呼ばれる彼女にとっては、重要なものなのだろう。それくらい、ギーシュにもわかっていた。

「へへへ。御客様。さすがにお目が高いですな。めったに手に入らない逸品ですよ、これは」

 店の主人が揉み手をしながら、モンモランシーに秘薬をすすめる。モンモランシーも興味をそそられたようだが、

「でも......高いんでしょう?」

「いえ、そんなことはございません。そうですね、お値段は......」

 店の主人が口にした金額を聞いて、はぁ、と大きく落胆のため息をつく少女。
 それを見て、ギーシュが一歩、進み出る。

「ふむ。ならば僕が買おう。モンモランシー、君へのプレゼントだ」

「ギーシュ!?」

「......君の残念な顔は見たくないからね。薔薇のような君に似合うのは、笑顔だけだ」

「でも......」

 グラモン伯爵家は名門であり、武名は高いが、しかし領地の経営には疎い。そのくせ見栄や体面には金をかけるため、裕福とは程遠い。
 そんな伯爵家の四男坊であるギーシュの財力が乏しいことくらい、モンモランシーも十分承知していた。

「お金の心配はしなくていい。......君は『香水』のモンモランシーだからね。これをもとに生まれた新たな『香水』が、君をより魅力的に輝かせるのであれば......これくらい安いものだ」

 実際には、香水でもなければ香水の材料でもなく、もっと怪しい薬の原料なのだが、そこまでギーシュにわかるはずもない。
 そしてギーシュの熱っぽい言葉に圧されて、モンモランシーは、彼の好意に甘えるのだった。

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 さて。
 金欠のはずのギーシュが、さらりと大金を使えたのは、お金が入ってくるアテがあったからである。
 モンモランシーとの秘薬屋デートから数日後。
 ひとり、ギーシュがやってきたのは、チクトンネ街。

「たしか......この先のはず......」

 ブルドンネ街がトリスタニアの表の顔なら、このチクトンネ街は裏の顔である。いかがわしい酒場や賭博場なんかが並んでいる。

「あった! ここだ!」

 怪しげな扉をくぐり、薄暗い階段を降りていくギーシュ。
 ......ここの地下にあるのは、ちょっとした闘技場である。
 地下騎士試合などと銘打っているが、出場者のほとんどは、貴族くずれのメイジや傭兵ばかり。魔法だけでなく剣などの武器もアリなので、中には腕自慢の平民も参加している。
 そうした連中が石舞台のリングで戦うのを見て、客たちは喜び、また、賭けを行うのだ。

「さあ、次の挑戦者は......謎の覆面貴族、モグラ男だあああ!」

 リングサイドで、係の者が絶叫する。声を増幅するマジックアイテムを使っているので、観客の歓声にかき消されることもなく、それは会場全体に響き渡った。

「よし......!」

 リングに上がるギーシュは、『モグラ男』と呼ばれたように、おかしなデザインの衣装を身にまとっている。
 いや、衣装と言っていいのかどうか。茶色いボロと覆面をまとっただけ、と言った方がいいかもしれない。服装のセンスが奇抜なギーシュでさえも「これはちょっとみすばらしいかな」と思うほどだった。
 しかし。
 こんな地下騎士試合に『ギーシュ・ド・グラモン』として出場するわけにはいかない。それは貴族の名折れである。
 ......まあ、ここでは今回のギーシュのように、本物の貴族が小金を稼ぐため出場するケースもあるため、ギーシュの覆面も、それほど気にされてはいなかった。
 そして。

 カーン!

 試合開始の合図。
 ギーシュの相手は、フードのついた灰色のローブに身を包む、修道僧のような男。ただし体は筋骨隆々としており、ローブの上からでも、膨らませたボールを皮膚の下に押し込んだような、はちきれんばかりの筋肉が見てとれた。
 しかも、杖を持っている。これでもメイジなのだろう。

「......ったく。今度の相手は、ひょろひょろのガキか。ま、それでも容赦はしないぜ!」

 男は短く呪文を唱えた。するとギーシュの足もとの石畳が盛り上がり、大きな石の手となってギーシュの足を掴もうとした。
 だが、モグラの手を持つギーシュは、驚くべき反応速度を見せて身をかがめ、両手の爪で石の手を切断する。
 ヒュウと軽く口笛を吹いて、大男は次の呪文を唱えた。リングの石の一部がボコッと宙に浮き上がり、何体ものゴーレムが出来上がる。

「君も土メイジ......ゴーレム使いなのか!」

「なんだ!? 貴様もそうなのか!? ならばお前のゴーレムを出してみろ!」

「いや! 君を倒すのに、魔法は必要ない!」

 戦士の形をしたゴーレムは、とんでもないスピードでギーシュに躍りかかったが、ギーシュの爪は、なんなくそのゴーレムを切り裂いた。

「なるほど、言うだけのことはあるなあ......」

 男の前に、分厚い石の壁が出来上がり、ついでそれが輝く鋼板となる。ギーシュはジャンプでそれを越え、そのままの勢いで降下し、男の左腕に深々と爪を突き立てた。
 だが、男は顔色一つ変えない。それどころか、爪が刺さったまま、左腕を振り回した。

「なんだって!?」

 驚いたギーシュは、石のリングに叩きつけられた。
 間髪入れず、男の拳がギーシュを襲う。天井からの灯りに、男の拳がキラキラと輝いている。
 ......ただの拳じゃない!
 ギーシュは体を回転させ、紙一重でそれを避けた。
 石のリングに、男の拳は、易々とめり込んだ。

「いや、お前、身が軽いなあ」

 ズボッとリングから引き抜かれた拳は、硬い鋼鉄と化していた。己の体に『硬化』をかけるのが、この男の得意技らしい。
 しかし左腕に爪を突き立てたはずなのに......そこから血の一滴すらも流れていないとは、どういうことだ?
 ......いや。そんなことはどうでもいい。

「斬れないのであれば......吹き飛ばすのみ!」

「面白い! この俺と殴り合いをしようってぇのか!」

 リングの中央で、二人の男の拳が、正面から激突する!
 一瞬の均衡と静寂の後。

「うわあああああっ!?」

 盛大に殴り飛ばされたのは、大男の方だった。
 そう。
 勝ったのは、モグラパワーの宿るギーシュの拳。
 なにしろモグラの爪手には、ハルケギニアの大地を直接えぐるほどの、強大な力が備わっているのだ!

「......ぎゅう......」

 石舞台から叩き落とされた大男は、完全にノックダウン。
 リングサイドの係の者が、大きく叫ぶ。

「勝者......モグラ男!」

########################

「話が違うじゃないか!」

 試合の後。
 闘技場の隣にある小部屋で、ギーシュは、支配人に詰め寄っていた。
 支払われたファイトマネーをめぐって、揉めていたのである。

「これじゃ約束の半分にも満たないぞ!」

「......小僧。こういう場所に出入りするのであれば、少しは裏社会のルールを学んだほうがいいな」

 でっぷりと肥えた支配人は、メイジであるギーシュの剣幕にも、全く怯えた態度を見せない。
 実はこの支配人、表の世界でもそれなりに地位のある貴族であり、裏社会に紛れ込んだ若者の一人や二人、いつでも始末できるという自信があるのだった。

「たしかに『試合に勝ったら』という条件付きで、高額なファイトマネーを約束したよ。だがな、小僧、そうやって覆面をかぶって参加したくらいだ。お前、それなりの名家の貴族のボンボンなのだろう?」

「......う......」

「そういう者が関わる時はな、口止め料として半分頂く。それが暗黙の了解というものだ。......ほら、わかったら、さっさと帰った、帰った」

 シッシッと手を振る支配人。
 仕方なく、ギーシュは小部屋から立ち去る。
 入れ違いに、見事な羽帽子をかぶった男が入ってきた。形のいい口ひげが特徴的な、逞しい体の男である。鋭い目つきを鷹のように光らせて、男は支配人に詰め寄る。

「チュレンヌ! 俺は試合に参加できない、とは、どういうことだ! 俺には金が必要なのだ!」

「おやおや。これはワルド子爵ではないですか。......裏切りが発覚して、王宮から逃亡中の」

 トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長を務めていたジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 彼はアルビオンの反乱勢力レコンキスタと通じていることがバレてしまい、今、追われる身となっていた。

「そんなことはどうでもいい! ......それより、試合だ! 脛にキズ持つ者たちも、たくさん出場してるではないか! なぜ俺だけを拒むのだ!?」

「そりゃあ有象無象の小悪党なら、もしもの場合、どうにでもなりますからな。しかしワルド子爵、あなたは違う。......さすがにあなたを庇うつもりはないし、あなたと関わっただけでも、こちらの身が危うくなるのですよ」

「俺だと知らなかったことにすればいい! 顔を隠して出場する! これでいいだろう!?」

「そうはいきませぬな。あなたのファイトスタイルは、特徴的すぎる。見る者が見れば、一目でわかってしまう。......だいたい、それくらいのこともわからぬ程度の頭だから、あなたは......」

 言葉遣いこそ丁寧であるが、これこそ慇懃無礼。あきらかに馬鹿にされている、と感じたワルドは......。

「......ならば!」

########################

 小部屋から階段へと、廊下を歩く途中で。

「おや......?」

 後ろが騒々しいことには、ギーシュも気づいていた。
 室内でハリケーンでも発生したかのような、そんな轟音がしたのだ。
 続いて。
 羽帽子の男が、小部屋から飛び出してきた。手には、金貨の詰まった袋を抱えている。支配人室から奪ってきたものらしい。

「止めろ! 奴を止めろ!」

 叫びながら、支配人も出てきた。羽帽子の男に痛めつけられたようで、ヨロヨロと足をもつれさせている。
 ギーシュは、男の進路を塞げる位置にいたのだが......。

「関係ないね」

 壁際に身を寄せ、道を譲った。

「......すまん。助かった」

 すれ違いざま、羽帽子の男から、感謝の言葉を投げかけられる。
 どこかで見たことがあるような顔だな、とは思ったが、それ以上深く考えることもなく。
 男の背中を見送った後で、ギーシュも階段を上がり始めた。

########################

「なんだろう、あれは?」

 帰り道。
 チクトンネ街からブルドンネ街に出たところで、野次馬が群れていた。
 ふと気になって、近づいてみれば......。
 人々の輪の中、男が一人が倒れている。しかも、それはギーシュも知っている人物であった。

「ミスタ・ギトー!?」

 魔法学院の教師の一人、『疾風』のギトーである。

「知り合いですかい? どうやら、物盗りにやられたようでね......」

「可哀想だが......この傷では、もう......」

 野次馬たちの言葉を聞き流し、ギーシュは、ギトーを抱き起こす。

「ミスタ・ギトー! しっかりして下さい! 僕です、ギーシュ・ド・グラモンです!」

「......ああ、ミスタ・グラモン......ギーシュ君か......」

 すでに生気を失い、死人のような色をした唇から、弱々しい言葉が漏れる。

「......やはり『風は最強』だったよ、ギーシュ君......だが相手は、私以上の使い手だった......『風』はすべてを吹き飛ばす......『風』に勝るのは、ただ『風』のみ......」

 日頃の口癖を、あらためて口にするギトー。彼を襲った物盗りは風メイジだった、と言っているのだ。

「......しかし......ギーシュ君......これだけは覚えておきたまえ......」

「なんですか、ミスタ・ギトー?」

 これは彼の遺言なのだ。そう悟ったギーシュは、彼の口元に耳を寄せる。

「......私は常々『風は最強』と言ってきたが......最強とは、ただ力が強いだけではない......強大な力には、強大な責任が伴う......それをも含めて『風は最強』と言うのだよ......」

 そう言って、ギトーはこと切れた。
 彼の亡骸をその場に横たえて、ギーシュが立ち上がった時。

「ああ! ミスタ・ギトー!」

 群衆をかき分けて、一人の女性が駆け寄ってくる。
 ギトーと同じく、魔法学院で教鞭をとるメイジ......『赤土』のシュヴルーズであった。

「ううう......」

 彼女は泣き崩れながら、冷たくなっていくギトーの体をギュッと抱きしめる。
 どうやらギトーは、彼女と連れ立って、街に来ていたらしい。そこを物盗りに襲われて、彼女を逃がして、一人で立ち向かって......。
 それが事の顛末だった、と、親切な野次馬たちがギーシュに教えてくれた。

「で、その犯人は、どんな奴だったのかね?」

「白い仮面をした貴族さまでさあ。途中で、何人にも増えて......」

「そうか。『偏在』か......」

 風のスクウェア魔法『偏在』。ギトーの死に際の言葉とも一致する。

「東の方へ逃げて行きましたが......今から追っかけても、もう追いつけっこないでしょうねえ」

 それでも。
 この場はミセス・シュヴルーズに任せていいだろう、と判断して。
 ギーシュは、東へ向かって駆け出していた。

########################

「ふう。ここまで来れば、もう大丈夫だろう」

 ワルドは今、繁華街にある居酒屋の後ろの、下水道に通じる穴の前にいた。
 トリスタニアの地下には、土魔法で作り上げられた下水道が、網の目のように広がっている。
 中には、秘密の通路につながるものもあった。昔の犯罪に使われた通路であるが、今のワルドにとっては、絶好の隠れ家である。魔法衛士隊の隊長をしていたからこそ知ったものであり、その存在を知る者は少ないからだ。

「......チュレンヌから奪った金と......途中で俺の邪魔をしようとした風メイジから巻き上げた分で......逃亡資金には十分だな......」

 下水道を進みながら、一人つぶやくワルド。
 小声ではあったが、狭い空間では、よく響く。
 そして。

「そうか......。君がミスタ・ギトーを殺した犯人だったのか」

 突然の声に振り返れば。
 下水道の入り口に立つ、茶色い人影!

「誰だ!?」

「......後悔しても遅いとはわかっているが......しかし、あの時、僕がちゃんと止めていれば......今頃ミスタ・ギトーも......」

 ワルドの誰何には答えず、茶色の人影は何やらつぶやいている。
 よくわからないが、敵であることは間違いない。

「ユビキタス・デル・ウィンデ......」

 分身するワルド。
 四体の『偏在』が出現したのだ。

「何者かは知らぬが、最強の『風』には、かなうまい!」

 風メイジの癖であろうか。最強を自負するワルド。しかし。

「......たしかに風は最強かもしれない。だが! それは......『最強』とは、軽々しく口に出してよい言葉ではない!」

 一声吠えて。
 茶色の人影が向かってくる。
 四体の分身で迎撃するワルドであったが......。

「なにっ!?」

 茶色の人影が、黒い爪を振るうたたび。
 一つ、また一つ......。
 ワルドの『偏在』は切り裂かれ、消滅していく。

「馬鹿な!? ......『偏在』はただの分身ではない! 一つ一つが意志と力を持っているのだぞ!?」

 そう。
 ワルドの分身たちは、ただ無策で突撃したわけではない。『エア・ニードル』やら『ライトニング・クラウド』など、それぞれがワルド得意の魔法を駆使している。
 それなのに......。
 茶色の敵は、それらすべてをかいくぐり、分身を倒しながら、ワルド本体にせまってきたのだ。
 人間ワザとは思えぬスピードで!
 
「まさか......貴様......」

 呪文を唱えて、杖を振り上げながら。
 ワルドの頭に、一つの単語が浮かぶ。
 
「......伝説の『ガンダールヴ』なのか......!?」

「ガンダールヴ? なんだね、それは?」

 構えた杖を、ワルドが振り下ろすより早く。
 敵は、彼の懐に入り込んでいた。
  
「うっ!?」

 みぞおちに肘打ちをくらい、崩れ落ちるワルド。

「......僕の名前は『ガンダールヴ』などではない。モグラ男だ。覚えておきたまえ」

 茶色の男が、勝者の余裕と共に告げる。
 だが、すでにワルドは意識を失っており、その宣言が耳に入る事はなかった。

########################

 最強とは、ただ力が強いだけではない。強大な力には、強大な責任が伴う......。
 この言葉は、ギーシュの胸に強く刻み込まれた。
 日頃の『風は最強』がただの傲慢ではなく、意外に深い意味があったということで、いっそうインパクトが大きかったのだ。

「......ミスタ・ギトー。僕は......『強大な責任』を決して忘れません......」

 ギトーの墓前で、ギーシュは誓った。
 偶然から手に入れたスーパーパワーで、その責任を果たしてみせる......と。
 こうして。
 ギーシュは、トリステインの平和を守るヒーロー『モグラ男』となった。

########################

 さて、ニューヒーロー『モグラ男』の噂が、人々の口に上り始めた頃......。
 チェルノボーグの監獄でワルドは、ボンヤリとベッドに寝転んで壁を見つめていた。
 彼を倒したモグラ男の噂は、ここまで届いてくる。彼が対峙した際は、ただの茶色の布切れという貧相なコスチュームだったが、最近では、土から『錬金』で造り上げた、しっかりとしたコスチュームを着ているらしい。

「まあ、それもどうでもいいことだ」

 ワルドは一種の政治犯である。アルビオン王家を打倒しようとするレコンキスタというグループに加担し、祖国トリステインを裏切っていたのだ。
 まともな裁判が行われるはずもない。また、ここチェルノボーグは、城下で一番監視と防備が厳重な監獄である。脱獄は、考えるだけ無駄だった。

「......とりあえず......今は寝るくらいしかできんな」

 ワルドは目をつむったが......。
 すぐにパチリと開いた。
 上の階から誰かが下りてくる気配がしたのだ。
 牢番とは違う足音だ。
 ベッドから身を起こして待っていると、やがて、鉄格子の向こうに、黒ローブの女メイジが現れた。フードで顔は隠しているが、フードからあふれる緑の長髪を見れば、女性であることは明白である。

「こんな夜更けにお客さんだなんて、珍しいな。......何者だ?」

「......『土くれ』のフーケ......」

 返事は期待していなかったが、意外にも、女は名を告げてきた。

「『土くれ』のフーケ......か。最近トリステインを騒がす盗賊メイジじゃないか! そんな有名人が何の用だ? 誰かに雇われて、俺の命でも盗みにきたのか?」

 冗談めかして言いながらも、ワルドは身構えていた。囚われたとはいえ、むざむざとやられるつもりはなかった。魔法だけでなく、体術にもいささかの心得があるのだ。

「......逆だよ。私は、あんたを助けにきたんだ」

「助ける......?」

 顔をしかめながら、ワルドは聞き返す。

「そうさ。あんた......アルビオンで反乱起こしてる、レコンキスタの一員なんだろ?」

「なるほど。彼らから頼まれたわけか......」

「違うね。まだボランティアさ。......あんたをアルビオンまで連れてってやるから、私も仲間に入れておくれよ」

「そういうことか。だが、見返りを求めるのであれば、それはボランティアとは言わんぞ」

「いいじゃないか、細かいことは。......ま、アルビオン王家には、ちょっと恨みがあってね」

 フーケの言葉が本当かどうか、ワルドには判別できない。しかし、とりあえず話を合わせておいて損はなさそうだ。

「わかった。......だが、どうやって?」

 いかに『土くれ』が稀代の盗賊であろうと、この牢獄からワルドを救出するのは、至難のワザだろう。『錬金』の呪文で壁に穴をあけるのが『土くれ』の手口だと聞いているが、さすがにチェルノボーグの壁には強力な『固定化』が施されており、彼女でも不可能なはず......。

「そこは心配しなくていいさ」

 フードからのぞく彼女の口元に、自信に満ちた笑みが浮かんだ。

「ちょうど今ねらっている宝が『破壊の杖』っていうシロモノでね。それならきっと、この牢の壁だって壊せるはずさ」

########################

 ある日の朝のこと。
 トリステイン魔法学院では、蜂の巣をつついた騒ぎとなっていた。

「おはよう、モンモランシー。何やら雰囲気がおかしいが......いったい何があったんだい?」

 朝食のために食堂へ向かっていたギーシュは、途中で出会ったモンモランシーに事情を聞いてみたのだが......。

「あなた、知らないの!? あきれたわ......まったく......」

 唖然とした表情で首を横に振りながら、それでも説明してくれるモンモランシー。
 昨夜、巨大なゴーレムが宝物庫の壁を破壊し、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのである。
 壁には、盗賊『土くれ』のフーケの犯行声明が刻まれていたという。

「ややっ!? そんな事件が起こっていたのか!」

「そうよ! どうぜギーシュは、何も知らずにグッスリ眠ってたんでしょうけどね」

「うん、なんだか昨日は疲れていてね」

 嘘である。
 本当はギーシュは、モグラ男となってトリスタニアの城下町まで出かけて、夜の見回りをしていたのだ。
 魔法学院から出る際も戻ってくる時も、敷地の隅から地中に潜って、モグラのように掘り進んで移動したため、学院の地上の騒ぎには気づかなかった。
 いわれてみれば、ちょっと騒々しいような気もしたが、何せ夜のパトロールの直後。部屋に直行してベッドに入り、そこからは本当に、疲れてグッスリ眠ってしまったのだ。

「ちょうどルイズやキュルケたちが、現場を見ていたんですって。彼女たち、オールド・オスマンに呼び出されて、今、色々と質問ぜめになってるみたい」

 モンモランシーは事件とは無関係なのだが、基本的に、女子生徒は噂好き。結構正確な情報をつかんでいた。

「『ゼロ』のルイズなんかじゃなくて、モグラ男がその場にいてくれたらよかったのにね。モグラ男だったら、きっとフーケもイチコロだわ!」

「そ、そうだね」

 そこに別の女子生徒が通りかかり、新たな情報を提供してくれる。

「なんでもルイズたち、『土くれ』のフーケ討伐に志願したんですって!」

「ええっ!? あの『ゼロ』のルイズが!?」

 これにはモンモランシーも驚いた。

「そ。ルイズとキュルケとタバサの三人。ほら、ルイズったら、使い魔の平民がちょっと強いからって、自信持っちゃったみたいで......」

 言われて、モンモランシーは隣に視線を向ける。
 ルイズの使い魔が『ちょっと強い』というのは、もちろん、決闘でギーシュに勝ったことを意味しているからだ。
 しかし。

「あら?」

 さっきまで隣にいたはずのギーシュは、いつのまにかいなくなっていた。
 ......自分に都合の悪い話題が出てくる事を察して、逃げたのかしら......?
 それ以上深く気にすることもなく。

「それで? 今、ルイズたちは?」

「なんでも、ミス・ロングビルと一緒に、馬車で出かけたそうよ」

「出かけた......って、どこへ?」

 モンモランシーは、女同士の噂話に戻るのであった。

########################

 もちろんギーシュは、決闘の話を掘り返されるのが嫌で、あの場から逃げ出したわけではない。
 ギーシュの頭の中で響いていたのは、恋人モンモランシーの言葉だった。

『モグラ男だったら、きっとフーケもイチコロだわ!』

 期待されると、いっそう頑張っちゃう。
 それがギーシュである。
 モグラのスーパーパワーを手に入れた今でも、お調子者の性格だけは、変わっていないのだ。

「......『土くれ』のフーケは......僕が倒す!」

 すっかりその気になったギーシュは、いつもの『モグラ男』コスチュームを『錬金』で用意して、人目につかないところから地中へダイブ。
 モグラのフルスピードで掘り進めば、馬車なんて軽々追い抜けるはず......!

########################

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 ギーシュが現場に到着し、ボコッと地中から顔を出した時。
 巨大なゴーレムが、ルイズを踏みつぶそうとしているところだった。

「危ない!」

 さすがのモグラ男ギーシュでも間に合わないが、でも大丈夫。かつて彼を決闘で負かしたサイトが、烈風のごとく走り込み、ルイズを助け出していた。
 ホッと安心して、ギーシュは彼らに声をかける。

「君たち! ここは僕に任せて、逃げたまえ!」

「あ! モグラ男! モグラ男が来てくれたわ!」

 空の上から、黄色い声が聞こえてきた。なぜか風竜に乗っているキュルケだ。無口無表情のタバサも一緒である。
 二人はギーシュの参戦に気づいたようだが、肝心のルイズとサイトは、まだ気づいていない。

「死ぬ気か! お前!」

 ぱっしぃーん。

「貴族のプライドがどうした! 死んだら終わりじゃねえか! ばか!」

 ぼろぼろ。

「泣くなよ!」

「だって、悔しくて......私......いっつもバカにされて......」

 ......完全に二人の世界に入り込んでいる。
 これではモグラ男が目に入らないのも、無理はない。
 それどころか、迫りくる巨大ゴーレムの拳すら、目に入っていないらしい。

「君たちは、そこでしんみりしていたまえ!」

 救出に飛び込むギーシュ。
 二人をかばうように立ちふさがり、ゴーレムの大きな拳に、モグラパワーの拳をぶつける!

 ガキィンッ!

 力は互角。
 だが、とりあえず二人を救う事はできたし、これでようやく、サイトも彼に気づいた。

「あれ......? お前、もしかして、今ウワサの......」

「それより、早く逃げたまえ!」

 言われてサイトは、ルイズを抱え上げ、走り出した。
 ゴーレムは、ギーシュがいるので追いかけられない。
 すぐにサイトたちの目の前に風竜が着地し、これでギャラリーは皆、空から無事にモグラ男を見守れるようになった。

「がんばって! モグラ男!」

 声援を背に受け、ますます気分が高揚するギーシュ。
 しかし、敵は強大。なにしろ、モグラの拳でも倒せなかったのだ。ならば......。

「ゴーレムには......ゴーレムだ!」

 モグラの格好をしていると、ギーシュ自身も忘れがちになるが、こう見えても彼は『青銅』のギーシュ。
 杖を振り、七体のゴーレムを出現させる。
 もちろん、いつもと同じ『ワルキューレ』では正体がバレてしまうので、ちゃんと形は変えてある。今回のゴーレムは、どれもモグラの形をしたゴーレムだ!

「モグラ男もゴーレムを出したわ! しかもたくさん!」

「でも......数は多いけど、大きさが全然違うぜ。あんなんで大丈夫かなあ?」

 ギーシュの耳に、サイズを気にする男の声が聞こえてきた。
 たしかに、サイトの言うとおり。
 数の上では優勢でも、これでは戦う前から、なんだか負けた気分になってしまう。
 ならば......。

「チェンジ! モール・ワルキューレ!」

 ギーシュの叫び声と共に。
 七体のモグラ型ゴーレムが合体、巨大な人型ゴーレムとなった!

「すげえ! 変形合体だ! 男のロマンだ!」

 サイトが興奮している。
 ......まあ元々『錬金』で作っているゴーレムなので、変形も合体も魔法をかけ直しているだけなのだが、それはこの際ポイントではない。
 ギーシュもサイト同様、ますます気分が高まってきた。
 もう負ける気はしない。
 若干ではあるが、大きさも、フーケのゴーレムを超えたのだ!

「まるで巨大ロボ戦だぜ!」

 サイトの叫びは、ハルケギニアの民には意味不明。しかしその心意気だけは、ギーシュにもシッカリ伝わっていた。

「ワルキューレ・ソードヴィッカー!」

 それっぽい技名をギーシュが口にして、合体ゴーレムが剣を斬り下ろす!
 ......しかし。

 ぼきんっ。

「......へ......?」

 唖然とする一同。
 ギーシュのゴーレムの必殺剣は、あっけなくへし折られ、さらにその余勢で、ゴーレム自身もボコボコに叩きのめされてしまった。

「......見かけ倒し......」

 ポツリとつぶやくタバサ。
 キュルケがフォローするように、

「ま、しょせんはゴーレムだから、前哨戦よね。やっぱり......モグラ男は自分で戦わないと!」

「......そ、そうだよな。スーパーヒーローは生身で戦ってこそヒーローだ。ロボ戦は邪道ってもんだ」

 さきほどの興奮は、どこへやら。サイトも180度、意見を変えていた。
 そして、ギャラリーの意見はそのまま、お調子者ギーシュの闘志となる。

「......そうだ。僕はモグラ男。生身で戦ってこそ......」

 ちょっと前に『ゴーレムにはゴーレム』なんて言ったことは、もはやケロッと忘れて。
 ギーシュは、黒光りする爪を高々と掲げた。

「受けてみよ! 我が必殺の......モグラクロー!」

 すべてを切り裂くモグラの爪を突き出し、ギーシュは巨大ゴーレムに特攻する!
 そして......。

「くっ!? 僕の爪が......効かない!?」

 ギーシュのモグラクローは、フーケの巨大ゴーレムに弾かれしまった!
 さいわい、ギーシュの動きが機敏なため、巨大ゴーレムの反撃はギーシュには当たらない。とはいえ、このまま相手の攻撃を避け続けていたら、いずれは体力が尽きてしまいそうだ。

「......では、どうしたらいい......?」

 逃げ出すという選択肢はなかった。
 スーパーパワーを身につけた者をヒーローと呼ぶのではない。敵に後ろを見せない者をヒーローと呼ぶのだ。
 それに、ヒーロー『モグラ男』である以前に、彼はギーシュである。
 観客がいたら、カッコつけないと気がすまない。......それがギーシュである!

「グラモン伯爵家四男ギーシュ。つつしんで御相手つかまつる」

 誰にも聞こえぬよう、小声でソッとつぶやく
 あらためて仕切り直し、という気分になり、冷静な頭で、もう一度考えてみると......。

「そうだ!」

 突然、近くの大木に向かって走り出すギーシュ。

「普通に爪でえぐってもダメならば......勢いをつければいい!」

 モグラの爪を駆使して、大木を駆け上がり......。 
 その勢いで、てっぺんからジャンプ!
 両手を前に突き出した格好で、クルクルと回りながら、巨大ゴーレムに突撃する!

「高く! 跳んで! 両手で! 回って! ......これならば貫けるはず!」

 茶色の矢と化したギーシュが、見事、ゴーレムを貫いた!
 体のど真ん中に大穴を開けられたゴーレムは、上半身を支えられなくなり、ボロボロと崩れ落ちる。
 下半身だけになったゴーレムは、一歩前に踏み出そうとしたが......。
 ガクッと膝が折れ、そのまま動かなくなった。

「すごいわ! モグラ男の新必殺技ね!」

 風竜の上では、女性たちが目を輝かせている。

「......たしかに爪を活かしてるけど......それモグラっつうよりクマだろ......」

 サイトのツッコミは、女性陣の歓声にかき消され、ギーシュの耳には届かなかった。

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 そして。
 自慢のゴーレムを倒されたフーケは、『破壊の杖』の使い方を知らなかったこともあり、あっけなく捕縛されてしまった。
 送られた先は、脱獄不可能と呼ばれる、あの監獄......。

「......俺を助け出すんじゃなかったのか?」

「うるさいわね。私だって、たまには失敗するさ」

 牢屋の壁越しに、そんな会話があったとか、なかったとか。

########################

 こうして。
 また一つ、ギーシュは、トリステインの平和を乱す事件を解決した。
 しかし、彼の戦いの日々は、まだ始まったばかり。
 たとえば......。


『Night of the Lizard』

「トカゲ男の正体は......ミスタ・コルベール!?」

 トカゲの再生能力を活かして、毛生え薬を作ろうとしたが失敗。コルベールは、トカゲの怪物になってしまった! 


『The Alien Costume』

「ヴェルダンデ! その姿は、いったい......」

 ギーシュの心の闇を吸収して、毒モグラ(ヴェノム・モール)と化してしまった使い魔ヴェルダンデ。ギーシュは、愛しい使い魔を元に戻せるだろうか!?


『The Turning Point』

「ケティ!」

 モグラ男の宿敵の手により、今、アルビオン大陸から一人の少女が投げ出された! 彼女を救おうと、駆けつけるギーシュであったが......。


『The Black Frog』

「何者だね、君は!?」

 敵か味方か!? ギーシュの前に現れる、謎の覆面美少女『ブラック・フロッグ』。その正体は、はたして......。


 ......などなど。
 これから待ち受ける過酷な運命を、ギーシュは、まだ知らない。




(「アメイジング・モグラ男!」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年10月])

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